SNSがトランプ危機を引き起こしたカラクリ サイバー法の権威・レッシグ教授が問題を指摘

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――GDPRの考え方は、経済学における消費者主権論と似ています。つまり個人が自分の好みに応じて消費の選択をすれば、社会全体でも最良の結果を得られるというものです。しかし消費者主権論が成り立つためには、個人が商品や自分の好み、市場などについて十分な知識や情報を持ち、合理的に判断できることなどの前提が必要となります。この前提が成立しない場合は、市場の失敗に対応するため、セカンドベスト(次善策)として政府の介入が必要となります。プライバシーや表現の自由を考えるときもこの考え方は適用できますね。

いいところを突く指摘ですね。問題の捉え方としてとてもいいと思います。GDPRと消費者主権論の前提は、消費者の選択能力があることですから。生活の時間が限られる中で、インターネットサービスのポリシーや利用規約を全部読んでいる人はいません。みんながこれらを読み、理解し、意味のある選択を行っているというGDPRの想定は誰も本気で信じておらず、嘘です。こうしたことを続けるのは単に間違っているだけでなく、人々の人生や社会を蝕むものです。

インターネットの利用規約では嘘をつくように仕向けられた子どもたちが、「親には嘘をつくな。インターネットとは区別しろ」と言われたらどうでしょう。「いつも嘘をついているのにどうして親には駄目なの? つまり、全部嘘なのですね」と言うでしょう。何かをするために永遠に嘘をつき続けなければならない世界は、まるでかつてのソ連のようです。

意味のある選択を行う能力が消費者にはないことがわかっている分野において、消費者主権を前提としたアプローチを取ることは間違いです。全員に嘘つきになることを強いることなく、真のプライバシー保護を実現できる代替策を検討すべきだと思います。

新型コロナと性感染症では対応が異なる

――その代替策ですが、規制すべき不適切なデータ利用や適切なデータ利用の例を挙げていただけますか。

アップルとフェイスブックは、個人情報の取り扱いをめぐってバトルを繰り広げていますが、アップルのビジネスモデルは明らかに個人データ収集に依存していません。そのため、アップルにとってフェイスブックが行っているような監視を批判することは簡単です。アップルは時々、すべての監視やデータ収集が悪であるかのように話しています。しかし、すべての監視が悪いわけではないと思います。

データ利用が適切か不適切かを区別する際の一般的原則は、もしある個人データを収集するなら、そのことによってその人が不利になってはならないということです。

最近の例では新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)があります。携帯電話の位置データを使って感染の広がりを特定・追跡し、ホットスポットに対処する手段になります。これは個人に負担をかけずに公共の利益をもたらす好例でした。このシステムのデータ利用に反対してプライバシーを主張することはできないと思います。もっとも、GDPR的なモデルの規制では、こうしたデータ利用に対しても個々人の許可を事前にとる必要がありました。

一方で、感染症の種類は重要です。たとえば性感染症では、感染に伴う社会的なスティグマ(恥辱)に世間の反応は敏感になるでしょう。スティグマはデータを収集した結果として個人の負担になりかねません。そのようなデータ収集は行うべきではありません。

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