河瀨直美監督が目指す「1000年先にも残る映像」 東京五輪公式映画の監督が後世に伝えたいこと
だからこそ、私はひかりには強くあってほしいと思った。演じた蒔田彩珠さんには「辛いシーンでも、泣かないで」と言っていた。泣けばいわゆる「お涙頂戴」で感動的なシーンになってしまう。泣かずに自分の中に感情を閉じ込めることが、手放した子どもに対して裏切らない自分でいるということ。その点、映画のひかりは原作よりも強いキャラクターになっているかもしれません。
――作中では、第三者が登場人物にインタビューをするドキュメンタリーのようなシーンがありました。ノンフィクションだと錯覚するほど、出演者が役と一体化しているのが印象的です。
私の作品では、出演する俳優さんに一定期間役としての経験をしてもらう、「役積み」の過程を経て撮影に入ります。たとえば、ひかりとその恋人役の巧には撮影の1カ月前からロケ現場である奈良の中学校に通い、授業を受けてクラブ活動にも参加してもらいました。自宅の近所の中学に交渉をしました。ひかりと一緒に「ベビーバトン」で出産の準備をする風俗嬢役の俳優さんは、自らお腹に詰め物を入れて、カラーコンタクトレンズをして渋谷を歩いたそうです。スクリーンには映らないけれど、役を生きた時間が、演技ににじみ出てくる。演じる役の時間と経験が蓄積していくことで、より自然な演技になるのです。
「分断を超えた先の光」を一緒に分かち合いたい
――こうして完成した作品ですが、コロナの感染拡大で公開は4カ月遅れました。
どんなに力を入れて作っても、当然ながら映画館が開かないと観てもらえません。それでも私は、公開が実現するまで皆さんに興味を持ってもらいたかった。そこで6月からずっと続けているのが、自分のインスタグラムでの映画出演者とのトークライブです。通常なら映画の宣伝は宣伝部に任せるが、非常時だからこそ創意工夫をして、出演者の生の声を届けるという宣伝方法もあるよね、と。ファンの方にとっては俳優さんの普段観られない一面が見えるので、たまらないかもしれません。
でも、やはり彼らが演じる作品を観たいだろうし、直接会えるトークショーに行きたいと思っているでしょう。コロナ禍が明けたときには(お客さんと制作側が)「分断を超えた先の光」を一緒に分かち合いたい。今はそこに向かう途中の我慢のときなのだと思います。
――東京五輪の公式映画監督に就任されました。もし開催が実現したら、作品で何を伝えたいですか。
ドキュメンタリーなので、何が起こるかは本当にわからない。それこそ、本当だったら7月に撮影を終え、今ごろは編集作業に追われているはずだった。撮影は、2019年の7月24日1年前イベントから感染が拡大し、延期が発表された数日後の3月末まで続けていましたが、今はリモートを中心に撮影をしています。
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