それはもう、「あまりよくはない」どころではないのでは。周太さんはこの父親のせいで、「性に関する感覚を少し狂わされた感じ」がするものの、その後実際に異性と交際するなかで、狂いは修正されていったと振り返ります。
父親には、子どもっぽいところもありました。周太さんがテレビで戦隊モノの再放送を見ているとよく、「あんなもの飛ぶわけがない」「こんなことありえない」など、就学前後の子どもがするような指摘をし続けるのです。もしそこで周太さんが文句を言おうものなら、たちまち「平手打ちやグー」で殴られるのでした。
「親がおかしい」と信じ続けられた理由
周太さんのような状況で育った子どもは、親の言うように「自分はダメなんだ」と思い込まされがちです。けれど周太さんはかろうじて、「自分ではなく、親がおかしいんだ」という感覚を信じることができました。
どうして、それができたのか。理由の1つは、「お友達の家に遊びに行って観察すると、やっぱり『うちってふつうじゃないな』ってわかった」ことでした。比較対象を得られたおかげで、自分の置かれた状況の異様さに気づくことができたのでしょう。
もう1つ、父方の祖父母のおかげもあったかもしれません。親戚も父や母と似たタイプの人が多かったのですが、唯一父方の祖父母だけは比較的話が通じ、周太さんを肯定してくれました。父親がその場にいないときだけですが、『周ちゃんは、できる子なんだよ』と言ってくれたのです。
さらに中学1年生のときに出会ったビートルズの音楽も、周太さんに影響を与えたようです。英語の授業で『Yesterday』を聞き、「雷が落ちたみたいに好きに」なった周太さんは、以降、ビートルズの音楽や思想にのめり込んでいきました。
「『Yesterday』のことを父親に話したら、ビートルズの白黒映画(『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』)のビデオを見せてもらったんですよ。好きな洋服を着て、好きな髪形をして、自由にしたいことをしようっていう内容で、すごく感銘を受けました。それから洋楽を聞くようになったんですけれど、ロックミュージックって『自分を信じる』ということをテーマにした曲がすごく多いんですね。そういったものにも影響されてきました」
なおこのとき周太さんは、ビートルズを媒介に、父親と初めて「いい関係」になれるのではと期待しましたが、残念ながら、そうはいきませんでした。父親が「(メンバーの)ジョン・レノンは42歳で死んじゃった」と言った際、すでにビートルズを知り尽くしていた周太さんが「40歳だよ」と訂正したところ、父親は激昂して周太さんを殴りつけ、以来ビートルズの話は一切しなくなったということです。
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