核のごみ処分場、寿都町長が語った応募の真意 精密調査入りなら住民投票に踏み切る可能性も
一番手でチャレンジしたかった
――文献調査に応募した後、どのような反響がありましたか。
町外の反対派から「やめろ」というハガキが自宅にもたくさんきて、妻は睡眠不足になるなど精神的には大変だった。(応募前日の10月8日には)自宅に放火もされた。
役場にはがんがん電話が来るし、職員も大変だ。それでも、議会には核のごみの受け入れに賛成か反対かではなく、私の考えに賛成か反対かと訴えてきた。すべての責任は私にある。
――改めて応募に至った考えを教えてください。なぜ調査受け入れを表明したのですか。
一昨年の胆振東部地震で被害のすさまじさを見せつけられた。寿都町の足もとは大丈夫なのか。できればボーリング調査で地盤を確認したいねと、議会と話をしていた。
昨年、北海道経済産業局のエネルギー関連の勉強会で、核のごみのことも話題になり、最終処分場に向けた調査のことも耳にした。ただ、手続きに入るのは刺激が大きすぎるし、厳しいと思っていた。
ところが今年に入り、コロナ禍が猛威を振るった。一寸先は闇だ。寿都町は周辺自治体と比べて面積が小さく、道路延長も少ない。地方交付税は隣町(の黒松内町)と比べて3億円も少ない。町営の風力発電やふるさと納税の収益でよそに負けない行政サービスをやっているが、今後は売電価格の下落などもあり、場合によっては歳入は大きく落ち込む。これからどんな手を打つべきか、2月ごろから議会と議論してきた。
その後、6月にNUMOから講師を招いて、議会や産業団体などと勉強会を開いた。文献調査から概要調査へ、さらに精密調査へ進んでも、途中で(調査を)止められると聞いて、これなら安心して応募できると思った。国民全体に議論の輪を広げる意味でも、一番手でチャレンジしたいと議会に説明した。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら