これがゼンショー流の成り上がり術だ

ゼンショー・小川社長が語る経営哲学(2)

――それでどうされたんですか、次の。カネは回収できた。

2号店を東名川崎インターから500メートル手前のところに見つけて、そこで成功したんですよ。

牛丼屋のイメージを変える

――これは何で成功されたんですか、どういう店にされたんですか。

今度は慎重ですよ(笑)。ここは当時、吉野家さんも300店くらい出していたので、1対300だった。テーブル席を作った、ここから。当時吉野家の店ってカウンターばっかりで、ガテン系のね、駅前立地で、サラリーマンがカッカカッカと6分くらいで飯を食う、こういう業態だったんだけど。

僕の基本認識は、さっき言ったように、牛丼というのは米国のハンバーガー、だけど、吉野家というイメージが男の食い物で、駅前でカッカカッカって食べると、こうしみ付いているけど、牛丼という商品は……。

米国のハンバーガーというのは何かって言ったら、郊外でもショッピングセンターでもダウンタウンも、いろんなところにあって、家族もカップルも年寄りも子供も、そして男もサラリーマンも食べている。僕は米国におけるハンバーガーポジションだと言った意味は深くて、日本でもっと普遍性のあるベーシック商品だろうという認識をしたということです。

本当は、この認識をした初めての人間なんです。そうでしょ、吉野家は、松田さんも思ってなかったんだから。そういう考えで、吉野家よりももっと広い客層、広いTPOが取れるはずだという考えだったから、それはやろうということで、初めからテーブル席で始めたんですよ。

――しかし、テーブルを設けると、人の動き方とか、効率性、全然シンプルでなくなりますよね。

そう、せめぎ合いですよ。下手すれば生産性が落ちる。提供スピードが遅くなる。そういうデメリットもある。ギリギリの折り合いをどうつけるか、ということをやってきたわけですよ。そこから始まって。初めからこれですよ、ってなるわけがない、どんな商売でもね。

ただ、言っているのは、初めの思いですよね。人間は思うことから始まるって言ってるんだけど、世界観から始まって、それから牛丼というのはこういうものじゃないかと。それを物質化していく過程が、すき家のエボリューションって呼んでいるんですけど、進化ですよね。

――そういう形態で、店頭公開までずっと順調に行ったんですか。

こうは言うものの、おカネないですから、最初の10年間、店頭公開するまでは、おカネが最大のボトルネックでしたよね、資金が。当時、銀行も土地本位制ですから、土地担保があるのかと、それはありませんよと言うところから初めて(笑)。

最初の100店舗作るのに、11年かかりましたよ。去年1年間でゼンショーグループが出した店が368ですから、1カ月30店出してるから、3カ月ちょっと分をやるのに11年かかった。

やはり資金ですよね。1997年に、最初は10年で店頭公開しようと思ってたんだけど、当時店頭公開やるのは結構大変で、平均30年かかったんですよ、創業してから。それを10年でやろうと計画立てたんだけど、15年かかりましたよね。

1982年に創業して、店頭公開したのは1997年ですよね。店頭公開してからは信用力が格段につきましたから、1999年に東証2部に行って、2001年に東証1部と。比較的順調に。

――初めの10年まで、苦闘の11年間。資金の面はどういう風に突破してきたんですか。

物件があると、自分でまず見ますよね。歩行者を数え、それから計画立てなきゃいけないですからね。1日24時間の時間帯の入客数予測をミニマム、マキシマム、アベレージと、1時間ごとに予測して、昼も夜も見るわけですよね、そういう風に1店舗の経営計画を書いて、PLを5年分作って、返済計画を作ってというような書類を、電卓をたたきながら作って、銀行に出して、説明して、何回もまた電話かかって来るわけですよね。

そういうやりとりをしながら、1500万円借りるとかね、今から見ると小さい借り入れですけど。1店1店そうやって、何とか借りて。ということを繰り返してきたわけですよね、だから時間はかかりますよ。

――先ほどテーブル席の話がありましたが、やはり小川さんが意識されてきたのは、吉野家を反面教師にして、ということはありましたか。

店頭公開したときも言われたんですけどね、吉野家とどう違うんですか、吉野家とどう差別化するんですかという質問が、当初は多かったんですよね。ただ、僕の基本的考えは、本音から言って、牛丼というのはポピュラーな商品なんだと、まず牛丼ありきなんですよ。

そもそもがということから始まって、明治維新のときにご飯にぶっかけて、牛肉が解禁になりましたからね。牛丼の歴史があるわけで。牛めし屋というのは、いっぱい横浜でも東京でも当時できたということなんですね。そういう中で、日本橋で創業した吉野家さんも、そういう中の一つ。

チェーン化やった企業というのは結構あるんですよね。でも7店くらいで終わったとか、そういうところが大多数で。「かめちゃぼ」なんていうのも新橋でやって、10店くらいで終わりましたけど。

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