「自分より後から入院した人が次々と退院しているのをみると、働ける人のほうが退院できないようで矛盾していると感じていた。でも何もしないのは嫌だったので、結局は働き続けた」(伊藤さん)
この病院はなんだかおかしいとわかったときには、長い年月が過ぎ、齢を重ねていた。「車の免許もないし、社会に出て生活できる自信もない。もうここに一生いるしかないと思うようになるなど、『施設症』に陥っていた」と伊藤さんは当時をそう振り返る。
子どものいる家庭が夢だったけど
転機となったのは東日本大震災だった。病院が被災したため茨城県の病院に転院し、翌2012年には退院することができた。転院先の主治医から勧められたグループホームでの生活を経て、今は群馬県内で1人暮らしをしている。
1人でも普通に家事をこなすなど日常生活に支障はなく、精神疾患の患者を支援するピアサポーターとしても活動する。絵を描くことが好きで、2年前には地元で個展も開いた。いまは「自由な日々をのびのびと過ごし、60歳からの青春を楽しんでいる途中です」と話す。
だが、長期入院の結果、婚期は逃した。「もっと早く退院できていたら、彼女もできたし、結婚もできた。この年だとなかなか結婚までは難しい。子どものいる家庭を作ることが夢だったけど……」(伊藤さん)。
伊藤さんによれば、入院していた福島県の精神科病院には30年以上の長期入院の患者が10人以上はいたという。
厚生労働省によれば、日本の精神病床の平均在院日数は285日(2014年時点)。500日近かったかつてに比べれば短縮傾向にはある。だが、ドイツは24.2日、イタリアは13.9日など、定義が異なるとはいえ、数十日程度がほとんどの諸外国と比較すると、非常に長い。
1950年代には向精神薬であるクロルプロマジンが開発され、統合失調症は薬物による治療が可能となった。これを契機に、欧米諸国では人権尊重の観点から入院治療から在宅での地域医療へと大きく舵を切った。
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