彼女が歩数計に依存して歩きまくった真の理由 気晴らしに頼るのは「心の苦痛」からの逃避だ

拡大
縮小

彼女が依存するようになったのは、処方薬でも、街角で売られている麻薬でもない。それは歩数計だった。具体的には、シリコンバレーの新興企業ストライブ(Striiv)がつくった「ストライブスマート歩数計」だ。しかし、ストライブは並の歩数計ではない。彼女は言う。「そのうたい文句は『ポケットの中の専任トレーナー』ですが、とんでもない! これは、ポケットの中の悪魔ですよ!」

ストライブ社は、行動デザインという戦略を用いて、ユーザーの運動量を増やそうとする。ユーザーは、歩いてポイントを貯めるだけでなく、課題を与えられ、他のプレーヤーと競争して、その結果がランキングで表示される。また、スマホのアプリ「マイランド」(テーマパーク育成ゲーム)と連携しており、自分の歩数を、バーチャルなテーマパークを創るためのポイントと交換できる。

これらの巧妙な仕組みは、明らかにチャンスに魔法をかけた。気がつくと彼女は、歩数とポイントを貯めるために、絶えず行ったり来たりするようになっていた。「家では、食事中も、読書中も、夫が話しかけてくる時もずっと、居間とキッチンとダイニングルームの間を行ったり来たりしていた」

夜中に歩き回るフィットネス・ゾンビ

彼女は次第に取りつかれたようになっていった。ストライブへの執着は、仕事や他の重要なことをする時間を彼女から奪っただけではなく、体にも害を及ぼし始めた。「当時は、1日に2万4000歩も歩いていました」。夜遅くに、ストライブから魅力的な提案があった。「真夜中のことでした。歯を磨いていて、その後すぐ寝るつもりだったのですが、ふいに課題が画面に表示されたのです。『階段を20段上がるだけで、ポイント3倍プレゼント!』」。地下室まで2往復すれば、ほんの1分でこの課題をこなせることに気づき、さっそく実行した。すると今度は、あと40段で3倍ポイント、というメッセージが届いた。「もちろん、やるわ! おトクね」。迷うことなく、階段をさらに2往復した。

しかし、この絶え間ないウォーキングはそこで終わらなかった。それから2時間、つまり、深夜0時から2時まで、何かに心を支配されたかのように、地下室までの階段を往復し続けた。

そしてようやく立ち止まった時、2000段以上、階段を上ったことに気づいた。エンパイア・ステート・ビルの一番上まで(1872段)を超える数だ。彼女は、夜中に階段を上り下りしながら、やめることができないと感じていた。ストライブスマート歩数計に取りつかれて、フィットネス・ゾンビに化していたのだ。

次ページ行動の動機の源は「苦痛からの解放」
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT