AIに読解力があると思う人に知ってほしい現実 学生の新常識は「シンギュラリティ=黒歴史」だ

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そうした傾向は、学部からすぐに大学院に入学した日本人学生にとどまらなかった。総合研究大学院大学の学生には、留学生や社会人学生も多い。シンギュラリティを信じる学生はどの層にも同じように分布している印象だった。

ところが、だ。今年、講義をしてみて驚いた。どれほどデータを集めても、AIが「笑っちゃうような誤り」を犯し続けることを、学生たちは当然のこととして受けとめた。講義の中で「シンギュラリティ」に言及したところ、画面の向こうから笑いが漏れた。私が力説しなくても、AI技術を学ぶ平均的な学生にとって、シンギュラリティブームは「過去のあだ花」、悪くすれば「黒歴史」に変わっていたのである。

たった1、2年の間に生じたこの差は、いったい何なのだろう。

2つのことが考えられるだろう。1つは、「人工知能搭載」がうたわれた商品やサービスが溢れ、身近な存在になったことだ。私にとって、2016年は東ロボがMARCH・関関同立の一部の学部に合格可能性80%以上を達成し、東大模試の数学で偏差値76.2を叩き出した年だ。と同時に、Google翻訳にニューラルネットワークが導入され、品質が格段に向上した年でもある。

2016年に大学に入学した学生たちは当然Google翻訳の恩恵を被って学生生活を送ったことだろう。その過程で、信じがたい誤訳を多数目撃したに違いない。

Googleフォトも多くの若者にとって欠かせないツールとなった。日々ありとあらゆるものをスマートフォンで撮る彼らにとって、画像の検索や自動分類はマストアイテムだ。AIに懐疑的な私でさえ、人の顔をほぼミスなく自動分類する機能には驚嘆した。「パリの写真」といえば、パリで撮った写真だけを集めてアルバムを作ってくれる(位置情報も使うのかもしれない)。

だが、「ラーメン」で検索すると、なぜかゆで卵の写真が表示されるし、思い出の「カフェ」の写真を探したくても、ヒットしない。結局のところ、手で分類する以外ないんだな、と私たちは悟らざるをえなかった。期待に胸弾ませて購入したAIスピーカーの「がっかり感」を通じて、AIと「自然な会話」を期待するほうがおかしいという認識が共有された。

いまや、YouTubeではスマートフォンに搭載されている互いのSiriを使って無意味な会話をさせるお笑い芸が流行っている。スマート〇〇と呼ばれるAI搭載家電を使いこなす若者であればあるほど、「いつかAIがマンガや小説を書くのではないか」という期待や怯えを抱かなくなった。否、そもそも、そういう関心の持ち方自体が「古く」なった。

AI技術が学部生にも身近な技術になった

それはある意味当然だろう。「電子レンジが自分で調理してくれる日」の到来を期待する主婦/主夫はいない。電子レンジが普及し、一般人がそれを使いこなせば使いこなすほど、そうなる。今の技術限界を前提として「どう使いこなすか」をハックすることこそが関心の的になる。

もう1つは、AI技術がGAFAのような巨大テック企業に占有されている秘儀ではなく、学部生にも手が届く技術として普及したことによる影響だろう。

とくに、Googleが公開した自然言語処理技術であるBERTが果たした役割は大きい。学部の頃からネット上で公開されているビッグデータを使ってプログラミング言語Pythonの演習を経験した学生にとって、もはや深層学習は「深く」もないし、ニューラルネットワークは「脳を模した」ものでもない。データを10万以上そろえないことには、まともに動かないタイプの、1つのアルゴリズムにすぎなくなった。

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