「亡くなった奥さんのお兄さんから『バカヤロー』と言われたこともあった。裁判にもかけられたよ。あんなことなら、じいさんの生前に車などの名義を全部私に変えておけばよかった。30代の大事な3年間を捧げたようなものなのに」
気になるのは信夫さんの貯金残高である。美香子さんはすぐに教えてくれた。700万円。遺産分割もあるし、3年間の泊まり込み看病の報酬としては決して多すぎる額ではない。
「財産狙いなら、じいさんみたいに子どもがいない元公務員と結婚したりしないよ。お金を子どもに遺す必要がない人は財産をため込んだりはしていない」
ただし、お金以外にも信夫さんから授けられたものはあった。「親世代の感覚」を教えてもらったことだ。信夫さんが亡くなる1年前、美香子さんの実父が危篤になった。家族に迷惑をかけ続けた父親を許せなかった美香子さんは面会を拒否。しかし、信夫さんからこう叱られた。
「ダメだ。何を差し置いても看取りに行きなさい」
結果として、父親の最期には立ち会うことができた。美香子さんはそれがよかったとは思っていない。しかし、後悔はしていないことは事実だ。
婚活アプリで出会ったアメリカ在住の男性
信夫さんの死後、美香子さんには2つのやりたいことがあった。1つは再婚して子どもを作ること、もう1つは大好きな画家であるクリムトの原画を見るためにニューヨークとウィーンに行くことだ。
婚活アプリに登録したところ、2つ目の夢であるニューヨーク行きをかなえてくれそうな男性と知り合った。それが智弘さんである。日本企業に勤めながらもアメリカに20年以上駐在しており、前妻とは2年前に離婚していた。子どもはいない。
「メールのやり取りをしていた頃は『面倒臭い人』という印象だった。今日の出来事とか、自分で焼いたチーズケーキの写真などを送ってくる。ニューヨークでどこに行きたい?なんて聞かれたけれど、私はクリムトの絵があるギャラリーにしか興味がないし、ほかに何がニューヨークにあるかなんて知らない。めんどくせーなー、いろいろ聞いてくんな、って思ったよ」
言葉遣いがよくない美香子さんだが、愛知県から出たことのない身にとっては初めての海外旅行が不安だったのだろう。智弘さんが航空チケットを送ってくれたときは、「現地で内臓を売れって言われたらどうしよう。2つある内臓のうち1つならいいかな」と覚悟したらしい。大胆さと臆病さが同居しているような人物である。
「会ってみたら、日本人のおばちゃんみたいな男だった。すごいしゃべる人。私は20歳年上の親友がいて、毎日でも電話でしゃべっていた頃があったぐらい。トモヒロはそのおばちゃんに似ているって思った。ニューヨークでは段取りよく案内してくれたし、私と違って英語もしゃべれる。期待せずに会ったのがよかったのかも。一緒にいて嫌じゃなかった」
ニューヨーク旅行の後、智弘さんが住む街に招かれてプロポーズされた。美香子さんの返事はYES。昨年3月に入籍し、6月から一緒に住んでいる。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら