矢部浩之「あえて岡村を公開説教した」深い事情

「ナイナイのANN」復活が打ち消す2人の不仲説

そんな中で2人は、寝る間もないほどの過酷な生活を送り、慣れない東京暮らしでストレスを抱えていた。そんな怒涛の日々の中、1994年4月に始まったのが『ナインティナインのオールナイトニッポン』だった。

当時の岡村はとにかく東京が嫌いで、東京のテレビスタッフやファンに対しても不信感を持っていた。常に緊張を強いられ、負けられない戦いが続く中で、ラジオ番組はそんな彼らが唯一、愚痴や不満をぶちまけられる場所だった。

テレビでは明るくはしゃぎ回る岡村が、ラジオではボソボソとした口調で悪態をつき、本音を漏らした。それが多くのリスナーを魅了して、『ナインティナインのオールナイトニッポン』はその後もラジオ界を代表する人気長寿番組となった。ラジオは彼らとそのファンにとって聖域のようなものだった。

リスナーを驚かせた「矢部の突然の引退」

ところが、そんな『ナインティナインのオールナイトニッポン』にもピンチが訪れた。2010年、映画や舞台の仕事が重なり心労がピークに達した岡村が、体調不良により無期限の休養に入ったのだ。この時期、矢部は1人でラジオを含むコンビとしてのレギュラー番組を継続させて、岡村の帰りを待ち続けた。

約5カ月の休養を経て岡村は復帰した。これでラジオも完全復活ということになるのかと期待されていたが、残念ながらそうはならなかった。

2014年、矢部が『ナインティナインのオールナイトニッポン』を卒業することを発表したのだ。ラジオはナイナイというコンビにとって重要な場所だった。だからこそ、矢部はたった1人になったときも必死でそこを守り抜いてきた。

だが、矢部はなぜかそこから抜けることを選んだ。本人は「岡村が復帰したことで達成感を感じてしまった」と理由を語っていた。岡村のほうはラジオを続けたいと思っていたため、単独で番組自体は続けることになった。

その頃から、2人の間には溝があると感じられるようになった。2018年には『めちゃイケ』も終わり、コンビでの仕事も激減した。何らかの理由でコンビ関係がぎくしゃくしていたのは明らかだった。

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