「論語と算盤」は「ナショナリズムと経済」だった 「日本資本主義の父」渋沢栄一が見抜いた本質

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グローバリゼーションがこのような脆弱性を露呈してしまっては、コロナ危機が収束したとしても、元のグローバリゼーションの状態に戻そうなどという気は失せるだろう。世界には、パンデミック以外にも、地政学リスク、貿易摩擦、サイバーテロ、自然災害など、グローバル・サプライチェーンを揺るがしかねない「不確実性」は、いくらでもあるのだ。

国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事も、「不確実性は、新しい常態(new normal)になりつつある」と述べている(「世界経済のために強固な足場を見つける​」IMF Blog 2020年2月20日)。

こうして、コロナ危機の後、グローバリゼーションは終焉を迎えるだろう。そして、好むと好まざるとにかかわらず、ナショナリズムが経済を動かす「経済ナショナリズム」の時代となるであろう。

「経済」と「ナショナリズム」が密接不可分な理由

いや、そもそも、「経済」と「ナショナリズム」とは、本質的に、密接不可分の関係にあったし、また、そうあるべきであった。今回のコロナ危機は、その真実をあぶりだしたにすぎないのである。

実は、今から150年前に、経済とナショナリズムの本質的な関係を見抜いていた人物がいた。「近代日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一その人である。

渋沢栄一と言えば、「論語と算盤」で知られているが、渋沢の言う「論語」とは、尊王攘夷を主唱したことで知られる水戸学の流れを汲むものであった。つまり、渋沢の「論語」は、ナショナリズムを多分に含んでいたのである。そして、「算盤」が意味するのは、言うまでもなく、経済である。

要するに「論語と算盤」とは、「ナショナリズムと経済」ということなのだ。

渋沢自身が、強烈なナショナリストであった。彼が、渋沢家の家訓の筆頭に掲げたのは、「忠君愛国」である。「余は従来世に処するの主義は、唯『国家的観念』の外に出てなかつたといふ所に帰着する」(青淵百話)と渋沢は言っている。近代日本資本主義を作った男は、ナショナリストだったのだ。

渋沢が実業家を目指したときも、経済ナショナリズムが動機となっていた。

(略)欧米諸邦が当時の如き隆昌を致したのは、全く商工業の発達して居る所以である。日本も現状のまゝを維持するだけでは、何時の世か彼等と比肩し得るの時代が来よう。国家の為に商工業の発達を図り度い。といふ考が起つて、茲に始めて実業界の人とならうとの決心が付いたのであつた。而して此の時の立志が後の四十余年を一貫して変ぜずに来たのであるから、余に取つての真の立志は此の時であつたのだ。(青淵百話)

渋沢が経済ナショナリストの実業家であったことは、その実績からしても明らかである。

彼が関与した会社には、日本鉄道、北海道炭礦鉄道、北越鉄道、若松築港、門司築港、磐城炭礦、長門無煙炭礦など、近代経済の公共インフラと言うべき業種が多かった。また、全国の商業学校を支援し、現在の一橋大学や東京経済大学の原型を整えるなど、教育にも熱心に力を注いだ。

渋沢の業績の1つに、株式会社制度の導入と普及がある。しかし、彼は、株主が強欲に私利を追求する「株主資本主義」(「株主の利益追求、悪いことですか?」週刊東洋経済Plus 2020年4月18日号)を決して是とはしなかった(「日本資本主義の行方」東洋経済オンライン 2020年3月18日)。それどころか、渋沢は、「利益は独りで壟断せず、衆人と共に其の恩恵に均霑する様に」(青淵百話)するために、株式会社制度の普及を図ったのだ。

企業家が国益や社会の需要を無視して、短期的な利益の追求に走るようなことになると、生産過剰が引き起こされ、結局は、皆、共倒れになると渋沢は警鐘を鳴らしている。

眼中国家も社会もなく、事業の前途をも考慮せず、唯現在に儲かりさへすればといふやうな、浅薄な思案から企業すれば、忽ち生産過剰を来し、旧来の事業も新興の事業も、相共に倒れなければならぬ運命になる。故に若し仮に製造工業のごときものを起すとするならば、先ず第一に社会の需用から算当して掛らねばならぬ。(青淵百話)

だから、民間経営者といえども、「国家的観念」をつねに念頭に置いて行動するナショナリストでなければならない。渋沢は、そう説いたのである。

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渋沢が生きた明治期は、西洋列強が熾烈な争いを繰り広げていた時代であった。そういう厳しい世界を生き残るためには、日本国民は団結して、国力を高めなければならない。

そもそも世界列国対峙する世の中にては、一国の結合力を鞏固にするのは己の生存上必要たらずんばあらず。(中略)況んや列国対峙の上に就ていへば、黄金世界にならざる間は同党伐異の力の強弱によりて一国の盛衰興亡の分解を生ずるに至らん。決して団結力を軽視すべからず。(論語講義)

現下のコロナ危機、そしてその後の世界は、渋沢が説いた「一国の結合力」「団結力」を再び必要としているのではないか。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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