日本資本主義の行方 渋沢栄一からMMTまで

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1900年に実業家の大倉喜八郎が創立した大倉商業学校を淵源とする東京経済大学が創立120周年を迎える。これを記念して、岡本英男学長と、元京都大学大学院准教授で評論家の中野剛志氏のトークセッション「日本資本主義の行方」が東京・中央区で開催された。大倉の盟友で「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一、昭和恐慌時に大蔵大臣として積極財政政策を取ったことが評価されている高橋是清らの経済思想を振り返り、最近、注目を集める現代貨幣理論(MMT)の考え方との共通点にも言及。格差拡大や、地球環境問題の深刻化を受け、株主重視の見直しを迫られている資本主義の今後の行方について語り合った。

主催:東京経済大学
協力:東洋経済新報社

公益を考えた資本主義
渋沢栄一の論語

岡本英男学長(以下、岡本) 若手の論客として注目されている中野さんは今、渋沢栄一に関心を持たれていると伺いました。渋沢は、東京経済大学にとっても設立委員の一人に名前を連ねていて、縁のある人物です。

評論家
中野 剛志氏

中野剛志氏(以下、中野) 渋沢が活躍した明治期は、西洋先進国に学んだ追いつき追い越せの時代と言われますが、それほど単純ではありません。19世紀後半、江戸時代が終わったばかりの日本は、第1次産業革命すら未経験なのに、産業の主力が軽工業から重化学工業に移行する第2次産業革命が始まった世界に放り込まれたわけです。しかも、モデルのはずの英国の経済自由主義はすでに行き詰まっていました。模倣すればよいモデルなど実はなかったのです。この混乱期に、近代日本資本主義の基盤を整えた渋沢は、どんな人物だったのか。著書『論語と算盤(そろばん)』に出てくる論語とは、幕末の尊皇攘夷思想の基となった水戸学の流れをくむもので、渋沢自身もナショナリスティック(国民主義的)思想の持ち主であった点は興味深いと思います。

東京経済大学
学長
岡本 英男氏

岡本 個人だけでなく、国家、社会の利益を考えた経済活動を重視する姿勢は、大倉喜八郎とも共通しています。「独立自尊」を唱えて西洋の個人主義を日本に紹介した福澤諭吉も健全なナショナリストとしての顔を持っているように思います。

中野 渋沢は、西洋の個人主義には懐疑的でした。しかし、儒学で言う「気」や「元気」を重視する渋沢の主張には、個人は公益を考えることで自立するのであり、それによってエネルギーを発揮するものだという、福澤の「独立自尊」と同様の考えがうかがえます。

MMTとも共通する
高橋是清の貨幣論

岡本 行き過ぎた個人主義、格差の拡大、地球環境問題の深刻化で、新自由主義的な経済運営、株主資本主義が行き詰まりを見せている現代にとっても、渋沢の考えは示唆に富むように思います。その後、日本は、大正から昭和の時代を迎えます。世界は、第1次世界大戦の勃発や社会主義の登場に揺れ、西洋を模倣していればよかった日本は、これからどうすべきかを本格的に問われるようになりました。そこで注目されるのが、1930年代の昭和恐慌下に、地方の景気対策を目的とした公共事業「時局匡救(きょうきゅう)事業」を行うなど、積極財政を取った蔵相の高橋是清です。

中野 現代の主流派経済学からは、高橋財政の未熟さを指摘する声もあります。が、今の主流派経済学が間違っているとする現代貨幣理論(MMT)の視点では、評価は異なってきます。とくに、通貨は需要がなければ供給されないので、通貨の大量発行ではインフレは起きないとする高橋の貨幣論は、MMTと共通しています。米国のニューディール政策の基にもなったケインズの有効需要の理論を先取りしていたといわれる高橋は、学者ではなく、実践家として、ケインズと同じ結論を直感的に理解していたのではないか、と思います。

岡本 『随想録』の中で高橋は、ただお金を支給するのではなく、仕事ができることが重要で、仕事があって賃金が上がる社会が望ましいと書いています。戦後しばらくは、48時間以内に家族が生活できる仕事に就けるような完全雇用を訴えたウィリアム・ベヴァリッジのような人が影響力を持っていましたが、いつの間にか後退してしまいます。しかし、現在の日本を見ても、失業率は低いのですが、家族をつくれるような賃金になっていないのが現状です。私は、雇用問題の解決策として、MMT提唱者の一人が説く「ジョブ・ギャランティー・プログラム」(政府による就業保証)に注目しています。

中野 働けば報われる社会を希求した高橋は、人の働きの価値を高め、物・資本の価値を下げることが経済政策の根本だと言っています。経済学は、モデルや数式による一般化を進めるばかりで根本にあるべき思想を見失っていますが、思想が本物であれば復活するはずです。2020年のダボス会議でも、株主重視からステークホルダー重視へ、と資本主義を再定義する議論がありました。が、そんなことはすでに150年も前に渋沢が言っていたことです。最先端の学問的知見と、実践家の考えは一致する。それがわかるのが歴史を振り返る魅力の1つです。

グローバル資本主義の
転換期に「進一層」

岡本 中野さんは、地政経済学を提唱した『富国と強兵』(2016年、東洋経済新報社刊)でMMTに言及しています。

中野 貨幣の価値は、国が通貨を定め、国民が納税義務を果たす手段とすることで生じるとするMMTの貨幣論は、経済の基盤となる貨幣が国家と不可分であることを示していて、経済は国家なしでは動かないという私の立場に通じます。米国第一主義の台頭、ブレグジット、中国のプレゼンス拡大によって、経済における国家の役割を軽視してきたグローバリゼーションは、見直されるべき時を迎えていると思います。

岡本 道徳と経済は合一すべきであるという『論語と算盤』から、資本主義にステークホルダー重視を求めた渋沢。働くことに価値を置き、ケインズやMMTの理論を先取りした高橋など、世界の最先端の知見にいち早くたどり着いていた日本人がいたことを心強く思います。東京経済大学も、困難に出合ってもひるまずに、前に進むチャレンジ精神を意味する「進一層」と、「責任と信用」という大倉喜八郎が掲げた建学理念の下で、日本の未来を担う若者を育てていきます。