原発事故9年、吉田所長の宿命と旧経営陣の無罪 東電刑事裁判の傍聴取材を続け見えたこと

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これを原子力設備管理部長に報告する。その当時の部長が吉田だった。吉田はそのとき、15メートルを超える数値にすぐさま反応して、こう言ったという。

「え、なんでそんなに高いの!?」

それまで東電では、到来可能性のある津波の高さを、7.7メートルとしていた。それが倍の数値になる。吉田は言った。

「これは俺の手に負えないから、武藤さんのところに行こう」

そこで、同年6月と7月の2回にわたって、当時の常務取締役原子力・立地本部副本部長だった武藤に報告がなされる。

対策は先送りされた

その1回目の報告で、武藤からはこんな指示が出されていた。

「沖合に防波堤を設置するために必要となる許認可を調べるように」

ところが2回目の報告で、具体的対策工事と費用まで聞いた武藤は、突如こう言い出す。

「研究を実施する」

地震本部の長期評価が信用できないというのだ。そのため、信用性を土木学会に研究依頼することにした。

武藤は当時、取締役副社長で原子力・立地本部本部長だった武黒にこの数値(最大で15.707メートル)を報告する。だが、武黒は公判で、その記憶はない、と証言している。その代わり、別の機会に吉田から直接、説明を受けていた。

また、当時の東電社内では勝俣会長が出席することから「御前会議」と呼ばれるものが定期的に開かれていた。

2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震によって、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の原子炉はすべて自動停止している。その直後に、再稼働に向けて設置された「新潟県中越沖地震対策センター」の「中越沖地震対応打合せ」と称する会議がこれにあたる。

2009年2月の御前会議。福島第一、第二原発についての話が出たところで、出席していた吉田が勝俣の前で、口走ったようにこう発言している。

「もっと大きな高さ14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて……」

その瞬間、勝俣の横にいた武黒が、「女川(原発)、東海(原発)はどうなっているのか」と他社の東北太平洋沿岸の対策を質問している。

勝俣は公判で、吉田のこの発言を覚えている、と言った。ただ、こうも語っている。

「吉田部長のトーンは非常に懐疑的に聞こえて、まあ、そういうこともあるんだな、こういう津波を整理するということでありましたんで、いずれ津波の説明があると(思った)」

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