84歳アルマーニが見せた"美意識"に学ぶこと メンズスーツに革命を起こした男の秘密

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時代を見抜き、行動を起こす俊敏さの例は枚挙にいとまがないが、中でも特筆すべきは慈善活動である。まだ今ほど「CSR(=Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)」や「SDGs(=Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」が声高にうたわれていなかった時代から、アルマーニは、エイズ対策支援をはじめ、医療・教育機関への支援を中心に、多岐にわたる慈善活動を精力的に行ってきた。

東日本大震災の直後にも、日本に捧げるプリヴェ・コレクション(オートクチュールのコレクション)をいち早く発表し、日本を力強く励ました。震災孤児への経済的支援も行った。そんなスマートな慈善の流儀が、彼を尊敬に値する大物へと押し上げてもいる。「BMI(=Body Mass Index:肥満度を表す体格指数)が18以下のモデルは使わない」という決定をいち早く下したのもアルマーニである。

2019年5月、銀座アルマーニタワーで行なわれたアルマーニのプレス会見(写真:筆者提供)

絶望に立ち向かって運命を切り開き、数々のアイデアで人々に影響を与えてきたアルマーニ。2019年5月に来日した際、東京国立博物館表慶館でのショーの前日には、記者会見を行った。「プライベートライフは、ない。お楽しみは、ごく少しだけ」「1つだけ願いがかなうなら、不死身になりたい」と語り、アルマーニが仕事人間であることを改めて納得したのだが、何よりも私が心打たれたのは、アルマーニの態度そのものであった。

記者たちの多様な質問に対して、およそ60分の会見の間、当時84歳のアルマーニは、美しい姿勢を保って立ったまま、丁寧に話し続けたのである。若いスタッフたちが疲れて座り始めたというのに。驚異の体力というよりもむしろ、美意識の高さと意志の強さ、そして記者たちへの敬意とサービス精神が伝わってきた。

ネイビーブルーをまとっている理由

今も記憶に残るのは、「強い男とは、自分が強いということをあからさまに見せない男」という名言と、「ネイビー」という色をアルマーニが最も好む理由である。

ネイビーブルーは、人との正しい距離感を作ってくれる色だ、とアルマーニは語るのだ。拒絶せず、オープンで、しかし、なれなれしくなるほどには近づかない。紳士的態度を保つことができる色、それがネイビーブルーであると。媚びず、群れず、拒絶もせず、紳士的に開かれているという好ましいノンシャラン(無関心)を自然に演出できる色として、アルマーニ自身がつねにネイビーブルーをまとっている。

『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

時代が求める男性・女性それぞれの理想像をファッションによって作り出し、結果として時代の流れに強い輪郭を与えるイノベーティブな仕事を成し遂げた。さらに40年以上にわたり、ブランドコングロマリットの傘下に収まることなく、独立したブランドとして第一線で文化的・社会的にも影響力を発揮し続ける。

その偉業の秘訣は、「生きる意義は、ミステリー。ただ在るだけ」とまるで禅僧のように人生を達観しつつも、厳しくエレガントに仕事に向かう、ストイックな姿勢そのものにある。そうしたアルマーニの在り方そのものが、人間が意志と努力によって到達しうる1つの理想の姿として、私たちを魅了する。

中野 香織 服飾史家

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なかの かおり / Kaori Nakano

イギリス文化、ファッション史、ダンディズム史、ラグジュアリー領域を専門とする独立研究者。日本経済新聞など数媒体で連載を持つほか、企業のアドバイザーを務める。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『モードとエロスと資本』(集英社新書)、共著に『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(クロスメディア・パブリッシング)ほか多数。東京大学大学院修了。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。

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