台湾海峡と香港をめぐる「米中関係」と日本外交 中国からの圧力とアメリカの支援の「板挟み」
ところが、米中の戦略的対立構造において、アメリカが中国の嫌がる形で香港と台湾を支援することは、すなわち米中対立において自らの陣地を強化しているのと同じであり、香港と台湾で起きている変動は、まさに米中戦略対立の一部分になっているとみなせるのである。
香港と台湾ではリンケージ・ポリティクス(国内政治の国際化・国際政治の国内化)が進行している。アメリカの「香港人権・民主主義法」が成立したとき、香港ではアメリカの介入を歓迎して星条旗が翻った。香港の民主派はアメリカを巻き込んで中国に対抗したいのである。台湾でも今年の総統選挙は「北京かワシントンかを選択する選挙」だと言われた。
人々は香港政府と国民党の背後に中国を感じ、民主派と民進党の背後にアメリカを見ているのである。米中対立が進めば、アメリカはさらに民主派や民進党への支援を強めるかもしれない。
日本の対香港・台湾政策の課題は?
このように、中国の理不尽な強硬策により香港と台湾での反発が強まり、アメリカが両地域を強く支持するようになっている中で、日本外交の課題とは何であろうか。今年4月には習近平が日本訪問を予定しており、日中関係はまさに改善の途上にある。
中国は習近平訪日の際に、5つ目の政治文書を交わし、台湾問題について、日本の立場を中国寄りにするための文言を入れようとしていることが漏れ伝わっている。中国は「主権」に関わる問題に攻撃的に反応することがあり、香港・台湾問題にどう対応するかは、日本のみならず多くの関係国にとってやっかいな課題である。
香港の民主派の中には、日本にアメリカの「日本版香港人権・民主主義法」に類する立法を期待している人もいる。日本政府の対香港認識は、「香港において引き続き自由で開かれた体制が維持され、香港に対する信頼感が確保されることが重要」というものであり、言い換えるなら中国が1国2制度を変更せず、文字通り実施することを求めている。
他方で中国は、一貫して「香港問題は純粋に内政に属する」として、一切の批判や干渉を受け入れない構えである。しかし、香港における1国2制度は、現実に他国が香港の特別な地位を認めることによって成立している国際的枠組みでもある。日本は、米英と緊密に調整しつつ、中国が1国2制度の核心を堅持するよう、引き続き中国政府をチェックする必要があろう。
台湾の一部独立派にも「日本版台湾関係法」を日本に制定してもらいたいという希望が存在する。これは日本と台湾との特殊な関係を法律的に認めて安定させることに主眼がある。現在、日本政府は台湾を「我が国にとって、基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり、大切な友人」と表現していて、このような希望に応えることは全く念頭にない。むしろ台湾とは具体的な協力を模索すべきである。
2期目の蔡英文政権は、中台関係の現状維持に努める一方で、「台米自由貿易協定」締結や「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的TPP協定(CPTPP、TPP11)」加盟などに挑戦する可能性がある。CPTPPは日本が主導してできた枠組みである。日本としては、4月に習近平が訪日して日中関係が安定した後、CPTPP加盟問題を含め、新たな民意を得た蔡英文の台湾との関係をどのように強化していくか、検討する必要があろう。
一言でいえば、香港と台湾の現状維持は日本の利益となる。一方に現状変更の強い力が働いているとき、他方で現状維持をするための力を働かせなければ、現状は変更されてしまう。両地域に影響力を有する日本の役割は決して小さくない。
(文/松田康博)
松田康博(まつだ やすひろ)/東京大学教授
1997年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。在香港日本国総領事館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官などを経て2011年より現職。専攻はアジア政治外交史、中台関係論。著書に、『台湾における一党独裁体制の成立』など。
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