初公開、50年で「遅くなった」路線ランキング 急行の廃止、新駅の設置など理由はさまざま

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4、5に関しては、通学や近距離の乗客に対して「スピードよりも利便性の重視」へと転換した路線といえよう。

30位より上も含めて見ていくと、第三セクターに転換した路線に途中の新駅設置が多い。9位の松浦鉄道(旧国鉄松浦線、長崎県など)が50年前32駅から現在57駅へ、25位の平成筑豊鉄道伊田線(旧国鉄伊田線、福岡県)が6駅から15駅へ、33位の平成筑豊鉄道田川線(旧国鉄田川線、福岡県)が7駅から17駅になどで大幅に増えている。

また、56位の甘木鉄道(福岡県など)では、1970年の国鉄時代、1日9往復だったのが現在平日42往復へと激増した。9往復時代は途中列車交換(行違い)なしだったが、現在途中3つの駅・信号場で列車交換をしている。駅数も7から11へと増加した。基山―甘木間の所要時間は2分遅くなったが、遅くなった路線の中では最も利便性が高くなった鉄道だろう。

線路状態の悪化で「遅くなった」路線

遅くなった理由は各路線まちまちで、複数の理由が当てはまる例が多い。無人駅の増加もランキングに現れた多くの路線にあてはまる。

線路状態の悪化に関しては、典型的な例として7位の木次線を挙げてみたい。数年前下り列車に乗車した際、終着の1つ手前の油木駅から備後落合駅の間、下り勾配が続く中国山地のなか、列車は時速25kmくらいの徐行を繰り返していた。「いったい何分遅れて備後落合駅に着いたのか」と思っていたら、列車は定時到着だった。

徐行の連続を前提にダイヤが組まれている。この駅間の所要時間は現在14~15分。1970年は線路の整備が行き届いていたのか所要10~11分。当時徐行はしなかったのだろう。昭和15年の時刻表をひもとくと、小型SLが引く列車にもかかわらず所要14分。現在よりも速かった。

房総半島の山中へと延びるJR久留里線(千葉県)や、松阪牛で有名な松阪から紀伊半島の山中へと分け入るJR名松線(三重県)、前出のJR只見線など、いずれも線路改良が進まず最高速度は65kmの路線である。のんびりと汽車旅を楽しむにはうってつけの路線にも注目したい。

内田 宗治 フリーライター、地形散歩ライター

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うちだ むねはる / Muneharu Uchida

主な著書に、『地形と歴史で読み解く 鉄道と街道の深い関係 東京周辺』(実業之日本社)、『外国人が見た日本 「誤解」と「再発見」の観光150年史』(中公新書)、『関東大震災と鉄道』(新潮社)など多数。外国人の日本旅行、地震・津波・洪水と鉄道防災のジャンルでも活動中。

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