「女を武器にしている」29歳を悩ます上司の言葉 女性社員をホステス代わりにする日本の歪み

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そんな松田さんは1度だけ、身の危険を感じたことがあった。松田さんに好意を寄せていた30代の男性が、アプローチのために病院に足しげく通うようになり、次第に迷惑行為がエスカレートしていったのだ。

ある日、施術中に「足が痛いのでズボンを脱ぎたい」と言い、陰部を露出されたことがあったという。嫌悪感を覚えつつも、相手が望む反応をしないようにバスタオルをかけてやり過ごし、服を着て帰ってもらうことにした。それから2時間ほど経った夜22時頃。スタッフもみんな帰ったのでシャッターを閉めるために外に出ると、帰ったはずの男が待ち伏せしていて、松田さんに歩み寄ってきたという。

あたりには人けがなく、助けてくれる人はいない。「電話番号、教えてください」と執拗に迫られ、断っても食い下がってくるため、仕方なく無理やりシャッターを閉め、男が立ち去るのを待って帰った。このときばかりはさすがの松田さんも参ってしまい、今後も仕事を続けられるかどうか、不安に思うこともあったようだ。

松田さんが勤めているのは典型的な「男尊女卑」を守り続ける化石のような会社で、女性はどんな役職に就いていようと、とにかく男性を立てるよう求められた。松田さんがどれだけ専門知識や経験を積み重ねていても、会社の方向性を決める際には実務経験がない男性社員の意見が尊重され、ほとんど発言権は与えられない。

松田さんの年収は、院長手当を含めて390万円。これまでキャリア優先で働いてきたため、どれだけ悔しい思いをしても仕事を辞めることはなかった。しかし、院長まで上り詰めてしまった今では、現在の会社でこれ以上出世することはないという。つまり、松田さんにとって、会社に残り続ける理由はもうないのだ。

いつまでも男性優位な社会の「歪み」

現在、松田さんは働きながら転職活動をしている。すでに1社から内定をもらっており、3月には今の会社を退職して、4月から同業他社に入社予定だ。「今の業界はとくに男性社会だ」と感じてはいるものの、6年間築き上げてきた経験を生かして、次のキャリアにつなげたいと考えている。

業界内での転職を決めた理由を聞くと、こう話してくれた。「モデルケースと言っちゃうとおこがましいんですけど。これから私が業界内でキャリアを積むことで、部下や後輩の女性たちが働きやすい環境づくりに少しでも貢献できれば、と思っているんです」。

取材を終えて、何気ない会話の中で「1人でも楽しく生きていけるくらいの収入があればいいですよね」と笑う松田さんはひたむきで明るく、強くて芯のある女性だった。私は松田さん以外にも、これまでたくさんの優秀な人材が「女性だから」「前例がないから」といった理由で、昇進や成長機会を奪われてしまったケースを見聞きしたことがある。

それだけでなく、とくに「男性社会」の風潮が根強く残っている会社においては、酒の席で女性社員をホステス代わりに扱ったり、男性社員のご機嫌を取らせるツールとして利用することが今でも普通に行われている。

「今時、そんな会社ないでしょう」と言う人たちが知らない世界は、確かに存在している。松田さんの言葉の一端に、どこか社会の歪みのようなものを感じた。

吉川 ばんび フリージャーナリスト

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よしかわ ばんび / Banbi Yoshikawa

1991年生まれ。コラム・取材記事をメインに執筆。とくに関心のある分野は貧困や機能不全家族、ブラック企業、社会問題など。

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