“原発輸出”最前線のベトナムの村を歩く ズン首相「着工延期」発言のなぜ

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指摘されていた法整備と人材の不足

実は、ズン首相がこの発言をする直前、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長ら一行がベトナムを訪問している(1月8~11日)。天野氏はハノイで首相や外相と会談し、ベトナムが進める原発建設計画への全面支援を伝え、技術面や人材育成などでIAEAが引き続き協力する考えを示した。

一方で、ベトナム側にはあらためて、安全性の確保が最優先課題であると強調。今回初めて第1原発の建設予定地(ニントアン省フックジン村)を視察した天野氏は、原発安全に関する独立した法的機関を設立するよう求め

「ベトナムは原発建設に関して決して急いではならず、周到な準備が必要である」

と話した。そのうえで、ニントアン省の人民委員会幹部やニントアン原発事業管理委員会に対しも

「住民への情報提供は不可欠。住民に安心してもらうには、対処法を詳細に説明して、安全を確保しなければならない」

など、時間をかけた丁寧な住民説明が必要との考えを示した。こうした一連の天野氏やIAEAからの見解は、数日後のズン首相の延期発言とも符合する内容だ。

ベトナム国内からも、原子力エネルギーの専門家から安全性確保の重要性と、それに対しての懸念は報告されていた。

昨年8月に開かれた全国原子力科学技術会議(ブンタウ市)では、多くの科学者らが原発開発に携わる人材の不足を指摘。安全を保障する緊急の課題として、人的問題を訴えている。出席したベトナム原子力エネルギー院のチャン・チー・タン院長によれば、

「今後5~7年は専門家の育成が最優先任務となるが、展開から何年も経てひとりとして専門家を育成できていない」

ズン首相による原発延期発言は、こうした内外からの指摘に反応したものと考えられている。ただ、あの震災があっても安全性と受注国への信頼を主張し、強行にベトナム政府が押し進めてきた計画である。なぜ今になって慎重な姿勢を見せたのか、理由はそれだけなのか。原発の輸出現場でいったいなにが起きているのか。

いくつかの疑問を持ちながら、「原発がやって来る村」へ向かった。

(撮影:木村聡)

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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