「友人を切り捨てろ」が一般人には危険なワケ

価値ある情報は「弱いつながり」がもたらす

先日、筆者は80代の父と電車に乗ったが、混雑した電車の中で、誰もがスマホに夢中で、席を譲ろうと声をかけてくれる人は誰もいなかった。こんなとき、席を立つのが面倒くさい、という人もいる一方で、席を譲ろうと思っても、「断られたらどうしよう」「年寄りではないとキレられたらどうしよう」「失礼に当たらないか」と思いを巡らせてしまうという人も少なくないだろう。

アメリカなどでは、高齢者や妊婦、子どもなどに対して、ほぼ脊髄反射的に席を譲る行為をよく見かけるが、そこで発生する小さな言葉のやり取りを負担に感じる人はあまりいないように見える。今の日本では、見知らぬ人とのちょっとした会話に苦手意識を覚え、「他人と話すことがストレス」「人と関わるのが面倒くさい」、そんな「人間恐怖症」の人が増殖しているような気がしてならない。

筆者は昨年末、沖縄を旅したが、何より驚いたのは、人々の気さくさと、路地裏のネコの人懐こさだった。集落の人に聞けば、どれも野良猫で、みんな餌をもらえるから、まったく警戒心を持たず、近づいてくるそうだ。

都会では出会うすべての他人が「敵」

最近は都心で、野良猫に出会うことはあまりないが、たいていはおびえて、人から逃げていく。息苦しい満員電車や雑踏でちょっと体が触れ合うだけで虫唾が走り、イライラするように、都会で人は、出会うすべての他人を「敵」と警戒するおびえたネコと化する。

「人の優しさ」に触れることが希少な空間で、恐怖心だけがむくむくと膨らむのだ。人々の孤独化は、「核家族化」「都市化」「過疎化」など、日本同様に進むコミュニティーの崩壊とともに、世界同時的に進行している。

人間は社会的動物。「人とのつながりがある人ほど生活満足度や幸福度が高い」ことや「孤独が1日たばこ15本を吸うほどの健康影響がある」ことは医学的には実証されており、孤独が寿命を縮め、幸福度をむしばむ、として、各国の政府や社会はこの問題解決に乗り出している。一方で、この国では、孤独の危険性について言及すると、「孤独の何が悪い」と気色ばむ人が非常に多い。

結局のところ、孤独の「定義」と「程度」の問題であって、1人で自分の時間を楽しむsolitudeの選択的孤独であれば、何ら弊害はないけれど、自ら望まぬlonelinessの絶望的孤独を礼賛することは難しいだろう。短期的な孤独に耐えなければならないことも多くあるが、長期的な孤独を楽しめというのは、理にかなわない。

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