旭化成が米医薬買収、その「目利き力」は本物か 1400億円を投じ、狙うは「第2のゾール」

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旭化成が着目したのは、ベロキシス社が有する独自の徐放製剤技術だ。この技術を活用した同社の免疫抑制剤は、最高血中濃度の上昇を抑えつつ、有効成分の濃度を長時間保つことができる。つまり、「ゆっくり」と「長く」効くので、1日1回の服用で済み、競合薬よりも副作用を抑えられる利点がある。

同社はアメリカの医薬当局からの認証を得て、2015年末に「エンバーサス」を上市。当初は免疫抑制剤の服用経験がある腎移植患者だけが対象だったが、1年前に新規の腎移植患者への提供も当局から認められた。これで販売が大きく伸び始め、今2019年度の売上高は80億円超と前年度から倍増し、損益も初めて黒字化する見通しだ。

買収の狙いについて説明する小堀社長(記者撮影)

旭化成によると、アメリカでは成人人口の約6分の1が慢性腎臓病を患い、うち末期腎不全の患者は70万人に上る。末期腎不全患者には透析治療が一般的だが、透析は患者にとって時間や肉体・精神的苦痛を伴う。このため、QOLや医療経済性の観点から、アメリカ国内の腎移植手術件数(現在は年間約2万件)は年率6%前後のペースで増えるとの予測もある。

「エンバーサス」の特許は2028年まで有効。すでに全米で約60の高度医療施設から腎移植患者の必須薬として指定され、ほかにも多くの病院が指定を検討しているという。「同薬は肝移植患者への適用拡大も目指しており、2028年には700億円以上の売り上げが期待できる」(青木喜和・旭化成ファーマ社長)。

10社以上の候補企業と面談

国内化学業界は近年、アジア勢との競合や市況変動にさらされた石化汎用品から、技術力で差別化できて収益性も高い分野へのシフトを急いでいる。旭化成も方向性は同じだ。車載電池用絶縁材をはじめとする高機能素材・材料と並んで、医薬、医療機器などのヘルスケアを戦略重点分野と位置づけ、海外で企業買収のチャンスをうかがっていた。

しかし、話題性や注目度の高いベンチャーには投資ファンドや他社からの買収打診が殺到し、価格が高騰して買えない。そこで旭化成はアメリカに配置するM&A専門チームが地道な調査を重ね、ニッチ領域ながら独自技術を有して成長性のある候補先企業を独自にリストアップ。その中から10社以上の経営者と実際に面談を重ね、最終的に今回のベロキシス社に白羽の矢を立てた。

その指揮をとったリチャード・パッカー専務執行役員はこう話す。「大手の医薬会社などからすれば、確かに腎移植患者向けの免疫抑制剤はマーケットが小さい。でも、ベロキシス社の薬は独創的で成長性が高く、経営陣も非常に優秀。買収予算枠の制約の中で、非常にいい企業を見つけることができた」。

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