ひっそりと財団を解散、盛田家の凋落止まらず ソニー創業者ゆかりの財団が解散に

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F1ビジネスで大損

英夫氏が財団の基本財産に手を付けたのは、相次ぐ事業の失敗と関係している。

盛田一族の御曹司で将来の社長候補とも目された英夫氏は85年にソニーを退社すると、実業家に転じた。元手となったのは一族の資産管理会社レイケイが保有する大量のソニー株。英夫氏が最初に手掛けたのは新潟県内の大規模スキー場「新井リゾート」だった。しかし、海外の高級保養地を模したことで建設費がかさみ、開業時から経営危機に陥った。レイケイは94年、保有するソニー株の一部、約230億円相当を拠出せざるをえなくなった。

次に英夫氏がのめり込んだのは海外事業。ITバブル到来でソニー株が急騰していた99年、今度は米国コロラド州の大規模スキー場を100億円超かけて買収。ソニー株を担保に仏パリ国立銀行など外国銀行が気前よく大金を貸してくれた。勢いを駆った英夫氏は思いもよらぬビッグビジネスに参入する。自動車レースの最高峰F1である。00年末、ルクセンブルクで極秘裏に設立した持ち株会社が仏プジョーのF1エンジン部門を買収、“謎のサプライヤー”として電撃参戦を果たした。

が、ITバブル崩壊でソニー株は急落。外銀は英夫氏の野放図なビジネスへの融資を引き揚げ始めた。そのため金食い虫のF1ビジネスを継続できなくなり、関連会社は01年11月に現地で倒産。最終的に約230億円の損失を負った。米国のスキー場も苦戦続きだった。

こうした失敗により、レイケイは保有するソニー株のすべてを失った。最後、英夫氏に残されたのは一族が江戸時代から営む酒造やみそ・しょうゆづくりといった家業。03年、英夫氏は老舗上場会社のマルキン忠勇(現ジャパン・フード&リカー・アライアンス)を傘下に入れ、家業再興を目指した。が、今度も業績は低迷、盛田アセットは保有するジャパン・フード社株のすべてを金融機関の担保に差し入れる苦境ぶりだ。この間、盛田アセットの本社ビルには何度か差し押さえ登記が打たれてもいる。

結果、禁断の虎の子にまで手をつけた英夫氏──。ソニー凋落と時を同じくして、盛田家の家運も傾く一方だ。

週刊東洋経済2014年2月22日2月17日発売〉の核心リポートでは8ページにわたるソニー緊急特集を掲載しています。全編は週刊東洋経済をご覧ください

高橋 篤史 ジャーナリスト

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たかはし あつし / Atsushi Takahashi

1968年生まれ。日刊工業新聞社、東洋経済新報社を経て2009年からフリーランスのジャーナリスト。著書に、新潮ドキュメント賞候補となった『凋落 木村剛と大島健伸』(東洋経済新報社)や『創価学会秘史』(講談社)などがある。

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