実は怖くない!「人口減少社会」の「希望の未来」 世界を「人間の顔をした」デザインに変える

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縮小

しかし、現在の日本では、アメリカの影響を受けた強い拡大・成長路線が推し進められており、この価値観のままでは日本は崩壊の道を歩んでいくことになるのかもしれない。

小泉政権時代の構造改革で非正規雇用労働者が増え、若者世代は奨学金を返せないでいる。大規模小売店舗立地法(大店立地法)の施行によって大規模店舗が進出し、地方の商店街はシャッター通りと化している。また、現在の都会に人が吸い寄せられる構造では地方から人が離れ、農業従事者も減るだろう……。

こういったことから、広井氏はヨーロッパの「環境志向+相対的に大きな政府」型を好ましいと考えており、現時点では若者、地方、農業向けのベーシック・インカムなどによって富の再配分を考え直す提言もする。調和がとれた社会モデルを目指そうとする公平性とやさしさが、主張の端々に立ち現れている。

人類はポスト・ヒューマンの夢を見続けるか

そして、最も目から鱗だったのが、「シンギュラリティ(技術的特異点)」あるいは「ポスト・ヒューマン」論が「一見非常に新たな方向であるように見えて、実は近代社会のパラダイム、つまり個人が利潤を極大化し人間が自然を支配するという世界観をいわば極限まで伸ばしていったものに過ぎない」という点だ。

人工知能が人間の能力を超えるとされる“2045年問題”、テクノロジーによって身体を操作・改造したり、人間の意識を機械へ移植したりする“現代版「不老不死」の夢”などが盛り上がりをみせている現代に、わたしはかねてよりうっすらとした違和感をもってきた。

もちろん、テクノロジーの発展によって大いに恩恵を受けていると思う。しかし、そのうちに「『人間』より『データ』のほうが価値が高いんです」などと言われそうで、人間のためのデータなのか、データのための人間なのかわからない。今でさえ、高速なデータ通信に身体がついていけないときがあり、どうしてぼうっと生きていてはいけないのかと悲しくなるのに。

ものごとの適正なサイズから、膨張しすぎて自縄自縛に陥っていないか。

広井氏が、はたして人間の「生」を無限に引き延ばすことが幸福なことなのか、倫理なき「拡大・成長」路線は破綻がこないかと述べてくれたことがうれしかった。

とはいえ、残念ながらサンクコストが惜しくて、これまで歩んできた道をなかなか引き返せないのが人間の性である。今後さらに人口が少なくなっていくなかで、国やさまざまな組織、個人が、どのように欲望を昇華させ、どのように幸福を捉えていくかが問われていくだろう。

また、生存戦略として人間の欲望は尽きることなく、名誉欲から中国でゲノム編集された双子が生み出されたり、支配、反発、防衛……といった理由で核武装や貿易戦争が起こったりする。

世界や日本の「定常化」を阻む不測の因子は無数にあり、日本がグローバル社会から切っても切り離せない立場であるという理由から、日本国内のみならず、国外の状況と、各国との適切な関係性構築についても引き続き注視したい。

書籍『人口減少社会のデザイン』は、木洩れ陽を感じるべく、わたしたちに渡された、世界を見つめ直すための「種子(たね)」でもある。

市野 美怜 編集者、「大人の教養大学」代表

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いちの みさと / Misato Ichino

静岡県生まれ。東京大学大学院情報学環教育部修了。早稲田大学第一文学部卒。都内公立学校教諭を経た後、現在、教育事業会社に勤務。編集者の傍ら、ライター業も行う。関心事は社会人のリカレント教育で、読書と対話で社会をみつめる「大人の教養大学」を主宰(映像付HP:https://www.liberalarts-community.com/)。歴史・社会・思想/哲学・教育・アートなど、知を縦横無尽に探究。趣味はホットヨガ。

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