医者を僻地に縛る「地域別入試」の不都合な真実 奨学金返そうとしても医療界の圧力がかかる

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ところが、この事態を重視した厚労省は、2017年9月に全国の初期研修受け入れ病院に地域枠の学生のリストを配布し、地域枠と知りながら採用した場合は補助金減額もありうると通知した。厚労省は、地域枠の学生の個人情報を本人の同意をとることなく、病院に配付している。個人情報保護など、どうでもいいのだろうか。

最近、知人の医師を介して、地域枠で医学部に入学した学生、井川浩一さん(仮名)の母親からの悲痛な叫びが届いた。

彼女から聞いた話で驚愕した。浩一さんは、無医村で働く医師の話に感動し、地域医療に憧れを持ち、地域枠の募集要項を取り寄せた。そこにはわずかの記載だったが、卒業後は数年間の勤務の縛りがあるが、毎月の奨学金も受給できて、県内勤務の意思がなくなれば返還することも可能と書かれていた。

ところが、浩一さんが入学すると実態は全く違った。「優先に地域医療を勉強させてもらえる所ではなく、誰もが行きたがらない僻地に強制的に行かせるところだと気づいた」そうだ。

また、地域枠の多くは推薦入学化しており、「地域枠=頭が悪い」、または「コネ」と見なされていることを知った。

「返済は認めない」「勤務義務は残る」と言う教授陣

浩一さんが募集要項の記載どおり奨学金を返還することを申し出たところ、途端に教授たちの態度が変わった。「医師の世界は狭いから君の将来はないよ」と言われ、返還に応じてはもらえなかった。募集要項の奨学金を返還すれば指定病院に勤務しないことができるという記載については、「それはあなたの解釈の間違いであり、返還は認めない」と断言された。さらに「お金を返還しても勤務義務だけは残る」とまで言われたそうだ。

この大学を退学して、受験し直すことを考えたが、予備校にも相談したところ、「医学部を退学して医学部を再受験する場合、たとえ合格ラインに達しても不合格になることが必至」と言われたという。履歴書や面接で整合性がないと判断されるそうだ。

大学教授たちがここまで強硬なのは、厚労省の方針に従っているからだ。前述したように、厚労省は、地域枠出身者が指定外の病院に勤務していたことが判明した場合、病院の補助金を減額する方針を明言している。江戸の敵を長崎で討つと公言しているのと同じだろう。

厚労省は自らのやり方に無理があり、地域枠入学者には離脱する権利があることは知っているので、医道審議会などの資料には「地域枠離脱者の道義的責任は残る」という記載にとどめている。

また、この制度では、卒業後は地元の医師不足地域に強制的に派遣する。若者が異郷を経験して成長するのは、古今東西共通だ。地元で生まれ、地元の大学を卒業し、地元に縛りつけられれば、成長のチャンスを失う。

医師不足の日本で病院は医師確保を巡って、激しく競争している。経営経験のない退職した大学教授を院長に迎える病院が多いのは、医局から医師を派遣してほしいためだ。「病院経営は医師確保にかかっている」というのが、医療界の常識となっている。

医師不足地域とは、医師獲得合戦で負けている地域だ。確かに、僻地でどうしようもないというところもあるが、多くは経営者に問題がある。地域枠の学生を、卒業後このような病院で勤務させつづければ、実力をつける機会が少なくなっても不思議はない。長期的に日本の医療レベルが低下しかねない。

医療に限らず、外部と交流せず、内輪で凝り固まれば、地域は停滞するだろう。学校の入学資格は教育を最優先するのが望ましく、医師偏在などの「大人の思惑」が考慮されるのは適当とは言えない。地域枠入試制度のあり方は、日本の医療現場に大きな問題を投げかけている。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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