中国は「零八憲章」で民主化に踏み出したか--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト
世界が経済危機に心を砕いている今こそ、こうした要求をすることは大切である。経済危機は政治的な影響をもたらす。欧州では排外的ポピュリズムが台頭している。オバマ大統領も保護主義を抑え込むのに苦労するだろう。中国はどの国よりも不況によって政治的、社会的な不安定に見舞われる可能性が大きい。
中国共産党の権力独占は高成長を続けることでのみ正当化され、成長が鈍化すれば、労働者や農民は職を失い、都市の中産階級は資産を増やす機会を失うことになる。経済ブームは一党支配の国に残された唯一の正統性の源泉
なのだ。天安門事件が起きた89年に、役人の汚職や政治的抑圧に対する不満が全土で一気に噴出した例がある。
共産党政権は単に冷酷な軍事力の行使だけで権力の座にとどまり続けたわけではない。教育を受けた中産階級の間では、政治的正当性は富の増加を約束することで買うことができるのである。人々が豊かになっていると感じている間、表現の自由や人権擁護、投票権の要求は先送りにする余裕があるからだ。
しかし、そうした取り決めが崩れ、物質的な豊かさの増大が期待できなくなったら、多くのことが起こるだろう。農村と工業都市では大規模な暴動が発生するかもしれない。政府は力で混乱を抑圧できるかもしれないが、そうすれば中産階級の信頼を失い、さらに深刻な事態を招くだろう。その結果、支配者は軍事的なナショナリズムを扇動するかもしれない。あるいは軍が政府の支配権を掌握して暴動を抑圧するかもしれない。
一党支配の権威主義や軍の支配に取って代わる思想がなければ、中国の将来は暗澹(あんたん)たるものになるだろう。しかし、代替案はある。それは「零八憲章」に雄弁かつ説得力を持って書かれている。中国が韓国や日本、台湾に倣いリベラルな民主主義を建設することで、市民国家の本流に参画することができれば、08年12月10日は中国が民主主義を受け入れた重要な日として歴史に刻まれるだろう。
Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。
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