MMTの命題が「異端」でなく「常識」である理由 「まともな」経済学者は誰でも認める知的常識

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私などは、数学的に同値なものは同値と見なすいいかげんな人間なので、本質がわかっているなら、どっちでもいいじゃないかと思ってしまう。ことに、デフレ脱却するまでの実践的方針としては、あからさまに通貨を発行することによる政府支出を求めることについて、クルーグマンら左派ケインジアンとMMTの間に違いがあるとは思えない。

そもそもイデオロギーで歪められる障害なく、本質がクリアに表れるシステムを作ることは、MMT派の望むところだろうから(私見同様ニューケインジアンの場合はこれに、インフレ予想の上昇による実質金利低下がもたらす総需要拡大という、MMTが同意しない賛成根拠がついてくるだけの違いである)。

ところで、やはり同様に通貨発行による政府支出を唱える欧米反緊縮左翼の経済政策論に、信用創造廃止を唱えるヘリマネ論の潮流がある。彼らはMMT同様、貨幣はすべて債務なりという立場であるが、MMTと異なり、だから現行システムの貨幣はよくない制度であるという判断をつけて、「債務なき貨幣」の実現を提唱している。

この点をめぐっても論争になっていて、本書においても、あらゆる貨幣はそもそも債務であるという立場からの批判が述べられている。

銀行預金貨幣が債務なのはわかりやすいが、MMTは政府が出す通貨も債務と見なす。政府が公衆に対して持つ徴税債権を相殺・消滅させるものという意味で、政府の公衆に対する債務だと言うのである。

この論理が成り立つには、国民は皆もともと納税債務を国家に負っているという前提がなければならない。これは私にはなかなか心情的に受け入れがたい前提である。

人の意識を離れて存在する法則的現実は、政府が財やサービスを買ったために公衆に購買力がたまっていくのを、他方で消滅させることで、インフレを受忍可能な程度に抑えることである。

徴税・納税の債権債務関係という考えは、人間の意識の中で、これを司るための決まりごとの一種である。その意味で、MMTの嫌う、政府支出の財源として徴税するとか国債を出すとかという議論と、五十歩百歩のイデオロギーのように私には思える。

「こっち側」の大義!

このように、欧米反緊縮左派世界の中でも、MMTは他学派と論争しているのであるが、そんな中、2019年5月に、アメリカ上院で共和党議員が、なんと「MMT非難決議」を上げる動きを始めた。

このとき、上記のとおりケルトンと熾烈な論争をしたクルーグマンは、ツイッターで、「私はMMTのファンではないが、共和党の連中が信奉する経済学教義よりは、はるかにいい。理論に同意しないならそれに基づく政策をとらなければいいだけだ。だが共和党の連中は思想警察みたいなまねをしようとしている」と抗議の声を上げている

日本の左派・リベラル派の諸氏は、ここにようやく本格教科書が翻訳されて、MMTについての妖怪物語を脱してちゃんとした検討ができるようになったわけだが、本書を読んだうえでなお反対という人たちはいて当然だろう。しかし、アメリカで起こったようなことが日本でも起こったとき、クルーグマンのように大義に立つことができるだろうか。

(この解説文の原稿を修正するにあたっては、望月慎氏との議論が大きく役立っている。記して感謝する。ただしこのことは意見の一致を意味するものではない)

松尾 匡 立命館大学経済学部教授

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まつお ただす / Tadasu Matsuo

1964年石川県生まれ。専門は理論経済学。著書に『商人道ノスヽメ』『不況は人災です! 』『この経済政策が民主主義を救う』など、共著に『これからのマルクス経済学入門』『マルクスの使いみち』『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』などがある。

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