富士登山で「子供と真剣に向き合う」男の挑戦 東北復興のために高校生1000人を目指す
この想いに至った背景には、田部井さん自身、高校生時代に「本気で向き合ってくれる大人」との出会いが人生を変えてくれた経験がありました。
「僕自身、高校を卒業するのに6年かかったんです。1回留年して退学して。1年間ふらふらして。それから高校入り直して。実は、20歳で高校生でした。それを変えてくれたのが周りの大人。本気で向き合ってくれる大人がいたから、高校に入り直そうと思いました。
それがなければ、今も中卒でもがき苦しむしかなかったけれど、その方に出会って、高校進学できて、結果的に大学に行けて、大学院に行けて、最後は国立大学の研究室所属にもなって。やっぱりそこのチャンスが大きかった」
共同研究で見えてきた登山後の高校生の心理的変化
田部井さんは、富士登山による高校生の心理的影響について、筑波大学渡邉仁研究室との共同研究を始めました。研究は継続され今後も調査が続けられますが、2018年の初回の調査では、「『一連の富士登山プログラム』の経験が、参加高校生の状態自尊感情(状況になって変化する自尊感情)を高めた」と考察されています。
高めた要因の1つとして、仲間として「受け入れられたと自認した経験(受容経験)」が挙げられています。
また、研究報告書には「日本最高峰という『象徴性』、困難な登山を完遂した『達成感』、山頂絶景への遭遇という『神秘性』、参加高校生と同行スタッフの全員が上りきった『一体感』などの記述が多数あり、非常に興味深い」との記述があり、富士登山という貴重な経験が、高校生の気持ちに変化をもたらしたことが推測されています。
田部井さんが最も印象に残っていると話すのは、2012年の第1回「東北の高校生の富士登山」に参加した男子高校生。
「1回目のときに、やんちゃっぽい男の子がいて。登り始めたら、『めんどくせえ』『だりい』と言い始めて。『自分が申し込んだんだろ。俺はお願いしていない。だったら、ぐちゃぐちゃ言わないで登れ』と対等に話をしたら、『ああ』と言いながら登り始めて。
結果的に頂上に着いたとき、携帯電話で誰かに連絡をしていました。後日お母さんからお手紙をいただいたのですが、『頂上登れたよ』とメールをした相手は、実はお母さんだったんです。『息子からの初めてのメールは富士山の頂上からでした』と。そして、そのメールを送った携帯が、津波で亡くなったお父さんの携帯からだったんです。
お父さんの形見で、お母さんにメールしていたんですよね。それを知ったとき、あんなに強がっていたのに、心の中に持っていたものを、思春期の多感な時期に表現できなかったんだなと。でもここで『富士山登れたよ』とお母さんに伝えられたのは、1歩前進したことなんだろうなと思います」