時代を超える普遍性に思いを馳せる 《ワイン片手に経営論》第1回

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 経営科学も同様です。多くのビジネス・スクールにおいて、さまざまな経営判断のための分析ツールを学びます。「3C」、「4P」、「5つの力」といったフレームワークは、その代表です。しかし、一度でもこうしたツールを用いて分析をした人であれば、これだけでは、経営判断はできない現実に直面したはずです。経営分析した結果に対して、その事象を支配する普遍性に思いを馳せない限り、本質的な経営議論はできません。

 司馬遼太郎氏は、かつてこのように述べています。(*2

「歴史っていうのは、あるもんだと錯覚があるんですけれども、本当は歴史ってものは、ないんであります」
「史実と言う言葉もありますけれども、史実と言うとなんとなく実在しているような気がいたしますが、実際は空気のようなもので、ないようなものであります」
「歴史ってのは、語られて初めてそこに存在するのでありまして、語られない限り、存在しない」

 これらの言葉を聴いて、わたしは経営と底通するものがあると思いました。経営や事業には、聞き手が引き込まれるような物語がないといけないと思うからです。

 前出の言葉を司馬氏は、履歴書の例をあげて説明しています。(*2

「○○小学卒。○○中学卒。ずっと履歴書が出てますけれども、それだけが煮詰めたら歴史であります。それでは、何も面白くない。面白くないばかりか、その人が田中太郎という名前だとすると、田中太郎という人は出てこないのであります」
「そのヒトに語ってもらわなければならない」
「父親が早くに戦死して、母親に育てられた。というと大分、でてくるわけであります。そういう人かなと」

 司馬氏が述べていることは、また、先述の科学の話とも相通じます。分析結果から見えてきた個別事象の羅列だけでは物事の真理は明らかにはならない。これら事象全体を支配する普遍性を意識することによって初めて、それは明らかになる。同様に、ある人の史実を羅列するだけでは、その人となりや歴史は浮き彫りにはならず、史実を貫くその人の人柄・人格を語ってこそ、普遍的な本質に迫ったと言えるのだ、と。

*2『司馬遼太郎が語る 第2集 (2) (新潮CD)』(新潮社・刊)より参照
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