「聴覚障害者」にとって通勤電車はこんなに怖い 車内放送聞こえず、何が起きたかわからない

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そのような音の聞こえ具合の中で、鉄道を利用するうえで不便だったり怖いと感じたりするのはどんなときなのだろう。

「1人で出かけるときは、いつも不安を感じています。とくに、ダイヤが乱れたときなど車内アナウンスが聞こえないので、何が起こっているかもわからず、どうしていいかわかりません。運休があったりすると、駅員さんも普段より忙しそうにしているので、筆談などで尋ねるのも遠慮してしまいます。車内で何かが起こっていても、まったく気づかないこともあります。気づいても、どういう状況なのかわかりません」

具体的におそろしかったことなど、あるのだろうか。

「小さなことは、日常的にあります。混んだ車両になかなか乗り込めずにいたところ、発車ベルが鳴ったのがわからず、ドアに挟まれてしまったこともあります。それ以来、怖いので人の後から乗らなければならないようなときには、1本やり過ごして次に乗るようにしています。また、自動改札が何かの理由でいきなり閉まってしまったことがあって、改札を通る度にドキドキします」

小学生のときの経験はとくに忘れられないという。

「小学生のときに後ろにいたおじさんが、暴れて私のランドセルをバンバンたたいてきたのです。何か言っていたのかもしれませんが、私にはわかりません。周囲の人は引いてしまって、誰も助けてはくれませんでした。結局、たたかれた理由もわかりませんでした。その前からランドセルが邪魔だと言っていたのかもしれないし、酔っ払いだったのかもしれません」

健常者の小学生でも、いきなり大人にランドセルをたたかれたら怖くて振り返ることもできないだろう。それでも、事前に「邪魔だ」と言われていれば対処できるし、酩酊しているなど異常な人なら逃げることもできるかもしれないが、音の情報がないと予防線も張れないし、逃げるのも遅れてしまうのだ。

立体イラストで表現

そのような困難はあるものの、聖奈さんは鉄道が好きで、鉄道をテーマとした“立体イラスト”の作品を創っている。

聴覚障害の一方、映像記憶に優れた能力を生かし、独特の立体イラストの作品の創作活動を続けている杉本聖奈(すぎもと・まりな)さん。鉄道を描いた作品も多い(筆者撮影)

立体イラストというのは、平面に描かれたイラストを、複数枚重ねて作った一つずつのパーツで立体感を表現する手法。それが、「人と鉄道が織りなす世界を表現し、鉄道と利用者に活力を与える創作活動」であると評価され、2018年の「日本鉄道賞 特別賞」を受賞した。日本鉄道賞は、それまで鉄道会社やそれと連携する地域などが選定されていて、個人の受賞は初めてだった。

鉄道を描く作品は、「鉄道の表情は乗客が作る」という思いが原点にあり、車両や駅だけでなく、そこには必ずさまざまな動きや表情をした人間が描かれている。作品を見ると、自身も乗客の1人として鉄道を楽しんでいることが如実に表れている。

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