小学校教師を「がんじがらめ」にする悪習の正体 教師の多忙は「もはや限界」を超えている

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さらに、これはわたしたち教育学部の教員に大きな責任がありますが、全国の教員養成学部が、教師になる学生たちに十分な力を育成しないまま卒業させてしまっているという問題もあるだろうと思っています。実際、全国の教育学部のカリキュラムは、多くの場合、教科の内容の学習がメインになっています。

つまり学生たちは、「何を教えるか」は学んでいても、「どう教えるか」「子どもたちの学びをどうサポートするか」については、十分に学びきれていない現状があるのです。教育実習を含め、実地での経験も圧倒的に不足しています。

こうしたさまざまな問題のゆえに、今、学校現場において統一的なマニュアルが必要とされているその理屈や気持ちは、わたしもわからなくはありません。スタンダードを全否定するつもりはありません。あくまでも1つの参照枠としてなら、あってもいいかもしれません。

でも、教育学の多くの研究が明らかにしているのは、過度のマニュアル化、スタンダード化は、かえって教師の力、そして子どもたちの力を著しく奪ってしまうということです(詳しくはピーター・センゲ著『学習する学校』をご参照ください)。

教師も子どもたちも「枠」に縛られている

授業方法の行きすぎた統一は、教師の思考の自由を奪い、創意工夫を妨げることになるでしょう。あまりに細かな「求める生徒像」は、子どもたちを過度に枠にはめてしまうことになるでしょう。

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筆箱の中身から下敷きの色にいたるまで、時に箸の上げ下げにまで口出しをするようなスタンダードの徹底は、結局のところ、教師からも子どもたちからも、「自分で考える」力や機会を奪ってしまうことになるでしょう。わたしの下には、スタンダードやそれに類するものに苦しんでいる、全国の多くの先生や子どもたちの声が毎日のように届いています。

教師にとっても子どもにとっても、成長のために必要なのは、言われたことを言われたとおりにさせられることではなく、自分の頭でしっかり考え、試行錯誤し、たっぷり失敗し、その失敗から学んでいく経験であるはずです。

管理監督、画一化、スタンダード化。多くのリスクにさらされた学校現場で、行政や教師がそうしたものに頼りたくなる気持ちはよくわかります。でもわたしたちは、本来、自由な思考やコミュニケーションや探究が保障されたところでこそ、本当に力強く成長することができるはずなのです。

苫野 一徳 哲学者・教育学者

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とまの いっとく / Ittoku Tomano

1980年生まれ。熊本大学大学院教育学研究科准教授。博士(教育学)。早稲田大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程修了。専攻は哲学・教育学。経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか、全国の多くの自治体・学校等のアドバイザーを歴任。著書に『学問としての教育学』(日本評論社)、『「自由」はいかに可能か』(NHK出版)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマ―新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『教育の力』(講談社現代新書)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)など多数。

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