MMTが、こんなにも「エリート」に嫌われる理由 主流派経済学の理想は「反民主的」な経済運営

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「インフレ恐怖症」の原因は、貨幣に関する無知にある。

そうであるならば、主流派経済学者は、MMTの正しい貨幣論を受け入れればよいではないかと思われるかもしれない。

それが、残念ながら、そう簡単にはいかないのである。

なぜなら、MMTは「通貨の価値を保証するのは、政府の徴税権力である」という理論である。

国民主権である民主国家においては、政府の徴税権力の根源は民主政治にある。わが国でも、憲法第83条において、国会が予算や税を議決する「財政民主主義」を定めている。

このように、現代民主国家においては、通貨の価値を保証するのは「徴税権力=民主政治」である。したがって、民主政治は、貨幣価値(物価)を調整するうえで、決定的に重要な役割を担うこととなる。

しかし、このような結論は、主流派経済学者には、とうてい受け入れられるものではない。

なぜならば、民主政治は、民意や政治的な利害調整によって決まるものである。そのような恣意的・裁量的な民主政治が財政を決め、物価の調整に深く関与することを、主流派経済学は極端に恐れるのである。

だから、主流派経済学者は、財政規律を重視し、民主政治による財政権力に制限を加えようとする。そして、物価の調整機能は、民主政治ではなく、中央銀行に委ねるべきだとする。主流派経済学者は「中央銀行の独立性」を強調するが、それは、民主政治からの「独立性」を意味しているのだ。

要するに、主流派経済学は、エリートや専門家による経済運営を理想とするのである。言い換えれば、主流派経済学は、その本質において、反民主主義的である。

こうした主流派経済学の理解に基づき、現実の経済運営は、中央銀行の金融政策が主導するものとなり、財政政策に対する評価は消極的・否定的なものとなった。

MMTは経済政策の「民主化」

しかし、今日、アメリカでも欧州でも日本でも、その金融政策主導の経済運営が完全に行き詰ってしまった。近年では、クルーグマン、サマーズ、ブランシャールのような主流派経済学者ですら、金融政策の限界を認め、財政赤字の拡大を強く主張するようになっている(オリヴィエ・ブランシャール「日本の財政政策の選択肢」)。

とくに日本では、量的緩和という金融政策主導によるデフレ脱却は、明らかに失敗に終わった。昨今では、金融政策の限界どころか、その弊害すら懸念されるようになっている(「危険なMMTがそれでも気になる理由」)。

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