東京の私鉄、駅名の特徴は「山あり谷なし」

JRや地下鉄は「低地」の名前でも気にしない?

大正12年の関東大震災以後、焼け野原になった東京下町から郊外へと移り住む人が多くなり、郊外の住宅開発が、私鉄会社や不動産会社によって進む。それと歩調を合わせるようにして、○○谷という駅名は付けられなくなったと言えるだろう。ここで思い出すのは、司馬遼太郎の言葉である。

「谷こそ古日本人にとってめでたき土地だった。
 丘(岡)などはネギか大根、せいぜい雑穀しか植えられない。(中略)
 村落も谷にできた」(『この国のかたち』19谷の国)

司馬は自分の中に古日本人的思考があると述べているので、大正時代くらいまで、司馬のいう古日本人的発想をする人が多かったのではないだろうか。

昭和の初期頃を境に、丘には郊外のモダンな住宅地が開発され、谷はめでたき土地といった感覚が消滅していくわけである。

「久保」「窪」も私鉄には少ない

また、窪地を表す久保、窪も駅名の採用には「谷」と同様の傾向が見られる。都内のJR駅には、中央線大久保駅、荻窪駅、西荻窪駅、山手線新大久保駅がある。一方、都内の大手私鉄駅では、西武国分寺線の恋ヶ窪駅(昭和30年)だけである。

恋ヶ窪の低地を見下ろしながら走る西武国分寺線国分寺―恋ヶ窪間(筆者撮影)

恋ヶ窪は、鎌倉時代初期頃に鎌倉街道の宿駅があり、そこには遊女がいた。畠山重忠に寵愛された遊女が重忠戦死という偽りの報によって悲しみのあまり命を絶ったという話があり、それにちなむ地名だとされる。

イメージのいい「恋」という字があるため、○○窪でありながら例外的に駅名に採用されたと推察できる。

ちなみに不動産事業と縁の薄い地下鉄では、昭和戦後以降の開業駅に○○谷の名が存在する。

<東京メトロ>
・茗荷谷、四谷三丁目、南阿佐ケ谷(丸ノ内線)
・入谷、日比谷、神谷町(日比谷線)
・王子神谷(南北線)
・雑司が谷(副都心線)
<都営地下鉄>
・なし(他社線との乗換駅の日比谷、市ケ谷は除く)

王子神谷と雑司が谷が平成の開業である。

茗荷谷など、例えば東急なら、駅の所在地である小日向とでも付けた気がしてくる。雑司が谷は墓地のイメージもあるので隣の町名だが南池袋としたかもしれない。雑司ケ谷霊園の住所は南池袋4丁目だ。

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