さらば「パジェロ」、三菱看板SUVが消えゆく意味

国内向け生産が8月に終了、37年の歴史に幕

1982年に初代パジェロは誕生した。その1年前の1981年にはいすゞからビッグホーンが登場し、この2台によって1980年代のRV(レクリエーショナル・ヴィークル)ブームが起きた。それまで4輪駆動車というと、ジープのようにいかにも未開の道なき場所を分け入るクルマの印象があった。

だが、今日のSUVほどではないものの、当時のビッグホーンやパジェロは、ジープなどと比べればはるかに快適性に優れ、日常の用途にも使うことができ、同時にまた、スキーやキャンプなど屋外での休暇を楽しみに出かける際に頼もしいクルマとして一躍人気を高めたのである。

1984年には、スバルからレオーネのツーリングワゴンも登場している。それはステーションワゴンの日常性を備えながら、高速道路を安定して走る4輪駆動という新しい価値を生み出したクルマであった。

1980年代のパリダカでの活躍

そうした中、パジェロは、1979年からはじめられたパリ~ダカール・ラリーに1983年から参戦し、1985年には総合優勝を飾る。イギリスのランドローバーや、ドイツのメルセデス・ベンツ、ポルシェといった欧州の強豪が制覇してきた過酷な競技に、日本のパジェロが伍して戦い勝ったそれは一大ニュースであった。

以後、パジェロは、プロトタイプでの参戦を含め通算12勝を挙げ、パリ~ダカール・ラリーの代表格ともなって、4輪駆動車のブランドと化していったのである。

しかし、2007年の優勝を最後に、2009年までで撤退することを三菱自は決意した。26年にわたるパリ~ダカール・ラリーでの実績は、当然、市販車のパジェロやアウトランダー、あるいはデリカD:5などの4輪駆動技術に応用されてきたことはいうまでもない。しかしながら、2006年以降、パジェロのフルモデルチェンジはなくなった。そして三菱自のSUVの主力は、2005年に誕生したアウトランダーへ移行していったといえなくもない。

それにしても、華々しかったパジェロの栄光は、どうして衰退してしまったのか。4輪駆動車では無敵を誇ったといえるパジェロの時代を知る者にとって、その凋落はあまりに残酷だ。

実は、2007年にトヨタのランドクルーザーと双璧を成してきたといえる日産自動車のサファリが、国内販売を終了している。サファリは、1980から2007年まで国内販売での車名であり、パトロールの名前では1951年から今日まで海外で販売が続けられている。その点でいえば、ランドクルーザーも前身のBJ・FJ型が同じ年に試作されたことにはじまる。当時は、三菱自もウィリス・ジープのライセンス生産を行っていた歴史がある。

そのように、トヨタ、日産、三菱自は、悪路走破性に長けた4輪駆動車の開発や製造に同じような歴史を積み上げてきた。その中で、今日、国内での販売を続けるのはランドクルーザーのみとなってしまうわけだ。

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