「252のケース」に見る、いい戦略・悪い戦略 日本企業の経営者の「戦略眼を鍛える」視点

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成熟市場を攻めたケースを収めた第1部には、151の成功ケースのうち、31ケースが収められている。市場を開いたケースを収めた第3部には、151の成功ケースのうち101ケースが収められている。特に、「先発」で「立地」を攻めた9章は収録成功ケース数が多く、ここが成功の可能性が高いことをうかがわせる。

通常の戦略論では、その成否を特定の個人に帰することはあまりないが、本書には、戦略における企業内の個人の役割に焦点を当てた「人物」という項目もあって、興味深い。私の知る限りでは、これほどの数のケースを独自基準でまとめた本は他にない。

経営戦略の辞典として読む

仕事柄、私は今までそれなりの数のビジネス書を読み、自分自身も著者としていくつかを世に出してきた。しかし、正直に吐露すると、いわゆる「売れる」ビジネス書というのが何かはよくわからない。その意味で、今回紹介するこの本が、どこまで一般の読者に訴えるかはわからない。

有名経営者や有名大学教授を著者とした、世間で話題の本であっても、その内容からすれば、なぜこんなにもてはやされるのか不思議なものもある。とくに、「海外事例はこう」「海外の有名人が書いた本」は日本では売れすぎのように感じている。

逆に、世に出てもっと売れるべき、という感想を持つ本もあるが、そうした本は売れていないことも多い。残念ながら私の感覚と、世の中の評価とはそこまで一致しない。

そもそも、ビジネス書というジャンルはあまりに多様であり、スピリチュアルに極めて近い自己啓発書から、法律本のような実務書まで、ほとんど森羅万象が入るのではないかと考えられる。

広い意味でビジネス書の体裁をとった精神の書、自己啓発の書が売れるのも理由はあると思う。批判をする気はまったくなく、日々仕事に悩む人が何に救われるかはまったくわからないので、どんな本もどこかの誰かを救っていることだろう。

そんな中で、もしマネジメント層が、自分たちの悩みに特化した本に出会ったら、それは間違いなく「買い」と思われる。本書の価格は税込みで9720円と、決して安くはない。それだけで読者を選びそうだ。逆に、経営戦略に近い人間からすれば、緻密な情報収集に基づく「14の戦略パターンと30の戦略バリエーション」をこの1冊で身に付けられるとすれば安い。

この本は、「高収益事業の創り方」に焦点を当てているが、市場シェアの逆転ケースを多数収録した『市場首位の目指し方』という続編も刊行されている。こちらの本で紹介されている対象企業数は150で、市場占有率を逆転した102ものケースが取り上げられている。

もし私が経営者や経営企画の人間から、議論を深める際の辞書として何かを選べと言われたら、私のチョイスは、凡百のノウハウ本や自己啓発書でなく、本書になることだろう。

塩野 誠 経営共創基盤(IGPI)共同経営者/マネージングディレクター JBIC IG Partners 代表取締役 CIO

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しおの まこと / Makoto Shiono

国内外の企業への戦略コンサルティング、M&Aアドバイザリー業務に従事。各国でのデジタルテクノロジーと政府の動向について調査し、欧州、ロシアで企業投資を行う。著書に『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(NewsPicksパブリッシング)、『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』(KADOKAWA)等、多数。

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