ジムニーのタイヤカバーに「サイ」が描かれる謎

デザインを担当した難波治氏を直撃した!

ジムニーのアクセサリーパーツカタログでは、さまざまなタイヤカバーが紹介されている(筆者撮影)

――スズキ時代にどんなプロジェクトに携わっていましたか?

いろいろありましたが、例えば、(軽のピックアップトラック)マイティボーイ。ショーモデルでは、1985年の東京モーターショー出展車のすべて。その中でも、ミッドシップスポーツカーの「R/S1」。当時、量産型「カルタス」にツインカムエンジンを積む計画が進んでいまして、そうしたスポーティなイメージを訴求するためのコンセプトモデルとして作成しました。欧米の有名カーデザイナーからも高い評価を受けました。

そして、「ワゴンR」の前身となったプロジェクト。それまで、軽は女性が世間に対して控えめに乗るようなイメージがありました。それを、男性も趣味などさまざまな領域で楽しめる発想で、着座位置と目線が高いボックスタイプとして考案したところ、結果的に女性に受けました。その「ワゴンR」、実はすでにほぼ決まっていたモデル名があったのですが、発売直前に”鶴の一声”で名前が変わり、デザイナーたちはけっこう大変でした(笑)。

当時は「TOYOTAロゴ」がメイン

――では、今回のインタビューの本題に入ります。ジムニーの「サイ」ついてですが、誕生の経緯を教えてください。

私がスズキに入社したのが1979年。その時点で、2代目(SJ30)のデザインはほぼ決まっていました。その時点では、オプションパーツである、タイヤカバー、経緯計、高度計、またボディに張る大型のストライプステッカーなどが、私のような若手の仕事でした。

タイヤカバーでは当時、トヨタ「ランドクルーザー」のTOYOTAロゴが代表的な存在でした。2代目でも、「ジムニー・スズキ」というロゴをメインとして、それ以外にもいろいろ作れという指示がありました。私と先輩の福永(辰巳)さん、ふたりで担当し、山ほど作りましたよ。

やり方は、デザインを拡大コピーして、白いカッティングシートを切り抜いて、実際のタイヤカバーにスプレー糊で貼ってみて、大きさや配置を調整しました。例えば、「四駆」は福永さんの担当で、社内で書道が上手な人に実際に筆で書いてもらって、それを拡大コピーしていました。そんな中で、私としては、何かマスコットがいないかな、と考えていたんです。

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