(言論編・第二話)脱藩

 会社側から休刊の準備をするようにと言われたのは2000年の年末だった。まさにその翌日のことだった、私は雑誌の書評をお願いしていたある経営者からお茶でも飲まないか、と誘われた。
 部屋に伺うと書評で取り上げる本の話になり、「工藤君は、夢の協働という言葉を知っているか」と水を向けられた。返答に困っていると経営者はこう続けた。
「どんな忙しい人間でも共感する夢を持っている人を支えることで、その夢に一緒に向かい合える。協働とはそういうものだ。君は多くの人がテーマに向かい合う議論の舞台をこの雑誌で作り上げた。その中からこの国を立て直す政策や行動を起こそうと考えたのではないか」
帰路、私が「夢の協働」という言葉の意味を反芻していると、これまで胸に留めていたある思いが込み上げてきた。日本の閉塞感を作り出しているのは、日本の言論ではないのか、このまま私の挑戦を止めてしまっていいのか、という思いだった。
 議論の現場で痛感するのは、日本では、社会全体の方向や原理を語り合う真面目な「言論の空間」があまりに小さく狭くなっていることである。
 当事者意識を持って課題解決に向かい合うような議論よりも、多くのメディアはあたかも自分は観客席にいて観劇しているかのように、批判のための議論やあるいは議論のための議論を繰り広げている。議論は日本の課題解決や日本の未来にどういう問題提起をできたのかよりも、その論調が過激で刺激的であればあるほど好まれた。

 私は原点に戻ろうと考えた。売れるかどうかを価値の基準にするのではなく、そうした真面目な「言論の空間」を広げるような努力をしたい。営利の世界ではなく、非営利でこの時代に対する言論の役割を担えないか、ということである。
 多くの総合誌が苦戦に追い込まれている中で、言論の舞台をまた一つここで潰すわけにはいかない。それが私の意地だった。
ふと思いだしたのは現役の頃、よくお邪魔させていただいた鯨岡兵輔氏(衆議院副議長、故人)に教わった、ある"仮説"だった。
「僕はね。なぜ東洋経済があの戦争中に、戦争を批判し続けても軍部につぶされなかったのか、不思議だなといつも思っていて、で、考えたんだが」と言って、鯨岡氏が出した案は二つだった。「まず軍部が無視できるくらい影響力がなかった。でも、それはないだろう。だから、自由主義を求める多くの経済人や革新的な官僚が、横につながっていろいろバックアップしていたのでは、と思うんだ」。

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