高速鉄道めぐる日本とインドの「同床異夢」 輸出と現地生産、どちらがベストシナリオ?

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日印間の協議では、日系企業の進出や合弁企業による生産もメイク・イン・インディアとみなされる。E5系を開発したのは川崎重工業と日立製作所の2社。川重は将来の合弁事業による現地生産を視野に入れ、2017年にインド最大手の重電メーカー・BHEL社と高速鉄道車両の製造における協業で合意した。日立も鉄道部門における日本アジアパシフィック事業の責任者を務める光冨眞哉常務執行役は「工場を造るのか、現地でパートナーを見つけるのかなど、どう進めていくかを現在検討中」と述べている。

世界の鉄道メーカー大手のシーメンスやアルストムはインドに鉄道の製造拠点を持つ。日立も鉄道信号を手掛ける子会社のアンサルドSTS社が同国内にエンジニアリング拠点を有しており、「数百人規模の優れたエンジニアが働いている」(光冨常務)。この会社が将来、現地で車両製造を行う際の足がかりになる可能性もある。

日本の新幹線システムを採用している台湾の高速鉄道では、2004~2005年に30編成、2012~2015年に追加の4編成が導入された。この34編成はすべて日本からの輸出だ。インドでは追加導入のタイミングで現地生産に切り替えられることになるだろうが、メイク・イン・インディアの時間軸がインドと日本では隔たりがあるようだ。

現地製造の高いハードル

また、メイク・イン・インディアが約束されているとはいえ、いざ現地生産に踏み切るとなると、設備投資から人材の確保までさまざまな課題が発生する。とりわけ気になるのは従業員の教育面だ。1カ月に何万台も生産される自動車と違い、鉄道車両の製造は手作業に負う部分が多く、月産数両程度しか造れない。熟練工の養成は不可欠だ。

川崎重工業兵庫工場でN700系の先頭車両の内部を製造しているところ。高速鉄道車両の製造には熟練工の技が欠かせない(撮影:ヒラオカスタジオ)

昨年12月に日本で起きた新幹線の台車亀裂トラブルは、製造指示書に従わなかった現場の作業員による台車枠の削りすぎが原因だった。この事例は論外としても、設計書で指示されていない細部の作業を現場の判断でこなす「匠の技」も一歩間違えると、賞賛どころかトラブルの原因になりかねない。在来線以上に安全性が重視される高速鉄道車両の製造は高度な技術と品質管理が求められる。現地生産は一朝一夕にはいかないだろう。

車両だけでなく、電気関係製品や線路なども日本から持ち込まれる予定となっている。「当初はインド側からレールや分岐器についてはインド製を使ってほしいという要望があったが、技術レベルが日本の水準に満たなかった」と、ある現地関係者が明かす。

IHRA国際フォーラムで、インド鉄道省のアグラワル氏とともにパネリストを務めたJR東日本の冨田哲郎会長は壇上で次のように述べた。「新幹線の発展の歴史をインドに伝えたい。安全性確保のためには設備の高度化や人材育成が重要。教育、訓練に加え、ルールを守ることも伝えていきたい。そして、マネジメントは見えないリスクに対して謙虚な気持ちを持つべきだ」。日本の鉄道関係者にとってはごく当たり前の内容であり、聞き流してしまうかもしれない。だが、インドで鉄道車両を製造するという困難な課題を前にすると、極めて重要な意味を帯びてくる。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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