あなたの妻が対峙する「世間体」の意外な正体

介護の局面で、関心の薄さが露わになる

――今、どこまでお世話をしたら周りの人に認められるのかというお話がありましたが、実は小説に「世間体の正体」が書いてありましたね。「問題は正義じゃなくて印象だ」と。

谷川直子(たにがわ なおこ)/1960年兵庫県生まれ。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。ほかに小説『断貧サロン』『四月は少しつめたくて』『世界一ありふれた答え』、高橋直子名義で、エッセイ『競馬の国のアリス』『お洋服はうれしい』などがある。本作は著者が小説で初めて三人称で描いた作品である(撮影:風間仁一郎)

そうです、すべてはイメージなんですよ。これは、ココ・シャネルの有名な言葉で。なんだか面白いですよね。シャネルがファッションについて語ったことが、介護に当てはまるというのが。

印象については、私が五島の村の人たちから本当に学んだことでした。私は認知症について深く知ることが正しいことだと思って、義父の見舞いにやってきた親戚筋に自分の得た知識を話していたんです。でも、それを自慢と取られて。話す暇があったら、少しでもお世話の手を動かしなよということですよね。「おお、そう取られるのか」というのと、ちょっとかなわないものを相手にしている感じを受けましたね。

――この印象操作のシーンは、会社でよく見掛ける光景に似ていませんか? たとえば、数字に表れてこない個人の評価とか。

ああ、似ていますよね。要は上司が「おつかれさん」と声をかけたときに、その場にいるかいないか。でも本当に部署に貢献している人は、その場にいなかったりするんですよね(笑)。

これは村社会でも、お嫁さんが抱える義理の両親とのかかわりでも同じです。ごますりが下手な人を自分の足手まといにならないように、上手に仲間外れにするさまや知恵が、会社で見たものと一緒なんです。だから男性は想像力をちょっと働かせてもらえれば、女性の相手にしている「世間」とはどういうものなのかが、わかると思うんですよね。

夫からもたらされる実家情報の「粗さ」

――小説を拝読して痛快だったのが、男性の話す実家情報の解像度がことごとく粗いといいますか、お嫁さんが対峙すべき「世間体」の中身がぼんやりしていることでした。

頭の中でしっかりデータとして処理できていないのだけど、「なんか、本家の親戚とか近所の人とかがうるさい」という感じです。これが会社ならば、直接戦わなくてはいけない敵のデータは、頭に入っていますよね。でも奥さんが戦う敵のデータだから、ぼんやりとしか頭に入っていないんでしょうねえ(笑)。

また、外に働きに出ている男性は、家に帰ってくるとどうしても「頭のスイッチ」を切る。お嫁さんからそんな場面で何か聞かれると、さらに情報がぼんやりしてしまいます。考えること自体が面倒くさくなると、「じゃあ、もう引っ越そうか」となる。最終的な解決策が思いつかないのです。

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