貴乃花親方引退にテレビが頭を抱える理由 花田家と相撲の72年、愛憎と癒着の歴史
素質に恵まれるも寡黙で不器用な弟・貴花田を、小さな身体でサポートする〝お兄ちゃん〟若花田。最年少記録を次々に打ち立て、千代の富士に初挑戦で勝利した貴花田に、ファンは父親から続くドラマを見て、さらに父が果たせなかった横綱昇進の夢を勝手に託して熱狂する。
つかの間のバカンスでサイパンに行き、クルーズ船で水を掛け合いじゃれあう兄弟。当然カメラが密着していて(クルーズ船もテレビ局の手配である)、その様子を見て兄弟の仲に視聴者はホッコリとした。
そして貴花田は宮沢りえとの電撃婚約で世間を驚かせた。1992年の年末、クリスマスパーティー中だった三浦知良&設楽りさ子と貴花田&りえがマンションのテラスに現れて報道陣に手を振った姿は「そこにスターがいる!」というオーラ全開の煌びやかさだった。
だが、宮沢りえとの婚約を解消、そして大関・横綱と昇進するにつれて貴花田改め貴乃花から〝キラキラした感じ〟は消えていった。「綱の重責」もあるのだろうが、それだけではない暗さを帯びるようになったのである。
1994年フジテレビアナウンサー河野景子との結婚、若乃花との〝微妙な〟兄弟優勝決定戦などを経て「謎の整体師洗脳騒動」が起きる。そして若貴兄弟の不仲問題が浮上。その理由を巡ってやはり大きく報道された。
現役時代の後半はスキャンダル系の話題が中心に
土俵上の貴乃花は、小泉首相による「感動した!」で有名な武蔵丸との優勝決定戦などの活躍もあったが、怪我や肝機能障害などで休場を繰り返して優勝回数は当初ファンが期待していたほどには伸びなかった。現役時代の後半、メディアが貴乃花を取り上げるのはほぼスキャンダル系だったといっても過言ではないだろう。
兄は早い段階で相撲協会を去った。二子山親方と母の離婚(2001年)もあり、輝いていたはずのロイヤルファミリー感はいつしか失われていった。
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