麻原彰晃を漫画で描くフランス人作家の信念 カルト宗教が毒ガステロを企てたあのとき
この作品の中で松本サリン事件は、松本有害ガス事件捜査本部長とその部下の会話で幕を閉じている。告発文書入手、明らかにされた教団とサリンの関係性など、証拠はそろったので教団の犯行が濃厚と訴える部下に対して、「宗教組織が毒ガステロを企てたとはくだらん!」と言い放つ本部長の様子だ。
このくだりを読んで、私たちの知る実際の事件も県警と警視庁の確執などなければ、また、警視庁が指導力を発揮していれば地下鉄サリン事件は防げたかもしれなかったと思い出し、どこにもぶつけられないやるせない気持ちになった。
事件を、犠牲者を忘れてはいけない
『MATSUMOTO』の参考文献のひとつに、村上春樹氏の『アンダーグラウンド』がある。地下鉄サリン事件関係者にインタビューを重ねて書き下ろされた作品で、死刑執行後再び売れている。
この『アンダーグラウンド』には、以下のような村上春樹氏の考えが記されている。
”私たちはあの衝撃的な事件からどのようなことを学びとり、どのような教訓を得たのだろう?
ひとつだけたしかなことがある。ちょっと不思議な「居心地の悪さ、後味の悪さ」があとに残ったということだ。”
”そして私たちの多くはその「居心地の悪さ、後味の悪さ」を忘れるために、あの事件そのものを過去という長持ちの中にしまい込みにかかっているように見える。そして出来事そのものの意味を「裁判」という固定されたシステムの中でうまく文言化して、制度レベルで処理してしまおうとしているように見える。”
今、そんな社会的風潮を感じる。
だから『MATSUMOTO』の一読をおすすめしたい。
過激派組織による無差別テロの危険に晒されてきたフランス人が、日本で起こった世界を震撼させる化学兵器事件と、その犠牲者を忘れてはならないとのメッセージを込めた心を動かす作品だからだ。
(文:猪狩 久子)
©Editions Glénat 2015 by Laurent Frédéric Bollée & Philippe Nicloux
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