残業200時間超、ブラック過ぎる「建築士」の今 耐震偽装から十余年、課題は山積している

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冒頭の男性も二級建築士の資格を持っているが、「好きでこの仕事をやっているので、辞めたいとは思わない。ただ土曜出勤はもちろん日曜も自宅で仕事をすることもあり、試験勉強は通勤時間くらいしかできない」と嘆く。

一級建築士の試験は司法試験や公認会計士試験ほどではないものの、決して生易しいものではない。学科試験の合格率は約2割。加えて2005年に明るみになった耐震偽装事件を受け、建築基準法だけでなく試験制度を規定する建築士法も大きく改正された。信頼回復のために新しい試験制度では法規や構造についての設問が増えたほか、新たに「環境・設備」の設問が追加された。

学科試験を突破しても今度は製図試験が待ち受け、最終的な合格率は1割強に留まっている。製図試験に3回不合格になると、また学科試験を受けなおす羽目になる。

建築士資格の予備校である日建学院の講師で、一級建築士資格試験の参考書の編集も手掛ける二宮淳浩氏は「重箱の隅を突くような問題も多く、独学では相当厳しい。ほとんどの受験生が予備校に通っているが、仕事が忙しくて欠席が続く学生も少なくない」と指摘する。建築士法の改正で試験全体が難化したという声も上がるなど、耐震偽装事件の「古傷」は未だ癒えない。

そこで今回の共同提案では、2年間の実務経験は試験合格の後に積んでもいいことを盛り込んだ。また製図試験を手書きでなくCAD(コンピューター利用設計システム)で行うことや、2回不合格になると振り出しに戻る制度の廃止なども提言した。

「試験のための試験になっているうえ、建築士法の改正(による試験制度の改正)を受けて門戸が狭くなった。試験をもっとチャレンジしやすい形にしたい」と、日本建築家協会の筒井信也専務理事は意気込む。

試験制度だけが問題なのか

こうした提案について、現場の建築士には「基本的には賛成だが、課題は試験制度に留まらない」という雰囲気が漂う。

資格試験の受験者数を増やしても、建築士が増える保証はない。建築士資格を取っても設計事務所に勤めるとは限らず、工事を手掛けるゼネコンはもちろん、工事を依頼する側の不動産会社や果ては自治体の職員に至るまで、建築の知識を得るために資格を取得する人は多い。

従業員が数十人、数百人といった大所帯の組織設計事務所やゼネコンの設計部門は「一級建築士に不足感はない」(設計事務所で最大手の日建設計)とする一方で、苦境にあるのは従業員が数人の個人事務所。「募集をかけてもまったく人が集まらない」(首都圏の設計事務所代表)のが実態だ。

厚生労働省の「平成29年賃金構造基本統計調査」によれば、従業員10~99人の事業所で働く一級建築士の平均年齢は54.3歳で月収は約41.1万円で、ボーナスなども加えれば年収は532万円。大手事務所やゼネコン、不動産会社所属の一級建築士が主な対象である従業員数1000人以上の事業所と比較すると100万円以上も低く、人材の奪い合いになれば、大手に太刀打ちすることは難しい。

さらに実情は、統計の対象にすらなっていない10人未満の個人事務所が大半を占める。約1万5000もの設計事務所が加盟する日本建築士事務所協会連合会でも「半数以上が従業員数1~3人の事務所」(居谷専務理事)という。

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