医療費膨張を煽る「誤報」はこうして生まれる

医療費を決めるのは高齢化でなく政治的判断

正確な情報を伝えている社説は、全国紙の中では読売だけであり、そこには、「対GDP比でみると1.1倍だ。際限なく膨張して制度が崩壊する、といった一般的なイメージとは異なるのではないか」とあった。

名目値では見えてこない本当の将来像

今回の試算が2040年を対象としたのは、40年ごろに65歳以上人口がピークを迎えるからである(正確には42年)。そして今回の試算でも確認されたことに、今後、65歳以上人口比率は、2018年28%から、2025年30%を経て2040年35%へと高まるにもかかわらず、公的年金給付の対GDP比は低下さえすることがある。

こうした試算結果のメッセージは、将来見通しを名目値で論じていたのでは見えてこない。そうであるのに、年金給付費が2018年56.7兆円から、2025年59.9兆円を経て2040年73.2兆円と報道し続ける記者たちのリテラシーはどうしたものか。

将来の話は名目値で論じてはいけないということは、2006~2007年の「医療費の将来見通し検討会」の場でも、委員であった私は繰り返し言ってきた。しかし報道は、一部の例外を除いて、いまだにわかっておらず、誤ったメッセージを発する情報を流し続けてきており、その誤報を訂正することもない。

現実には、繰り返された誤報のおかげか、社会保障費抑制の方向に世論は強く傾き、日本でも所得と社会保障給付費との間に強い関係があるとはいえ、国際的には所得の割には給付費が低いまま、つまりこの国では社会保障の抑制にしっかりと成功してきているのである(以下の2つの図は、「『社会保障費が2040年に1.6倍』は本当か」より引用)。

​この国が抱える問題はまさに、国民のニーズに見合った社会保障が本当に提供されているのかということにある一方で、必要な財源確保を何十年間も先送りしてきたゆえ、今後の財政健全化のために社会保障の量的充実も相当に難しいというジレンマに直面していることにある。

そして今、このジレンマの中で、よりニーズに見合った給付を行うという意味での制度の効率化・給付の重点化を、各制度の関係者たちの協力の下に懸命に進めながら、国民の生活を守るために、可能な限りの財源の確保が模索されているのである。

ところが、メディアが不勉強のままで将来の社会保障費を名目値で論じる誤報を続ければ、考えなければならない方向とは異なるメッセージをメディアは発し続け、誤報に誘導された誤った政治的判断につながっていく。そうした危惧を書いた一文をもって本稿を閉じようと思う。

「この国では、世界一の高齢国家を突き進んでいるのに、GDP に占める社会保障給付費がなお低く、年金などは将来の方が給付のGDP 比が下がってしまい、このままでは多くの人にとって自立した尊厳のある人生を全うしてもらうのが、相当に難しくなるというのが、取り組まなければならない課題となっているわけです。将来の社会保障給付費の名目値で議論をしていると、道を誤ることになりかねません 」(権丈善一『ちょっと気になる社会保障 増補版』132~133ページ)

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