正反対の経済理論が受賞、ノーベル賞とは何か 権威ある賞が作り出した「経済学は科学」という幻想

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2013年ノーベル経済学賞を受賞したユージン・ファーマ教授(写真:UPI/アフロ)

前提条件で理論は変わる

しかし、こうしたチグハグが許されてしまうのが経済学なのだ。経済学が対象とする現実社会はあまりに複雑だ。そのため、個々の理論は多くの極端な前提条件を置いて、現実を単純化している。あくまで経済学とは、現実経済に対する一次的な接近でしかない。同じ山の頂上を目指すうえで、さまざまなルートがあるように、異なる前提の置き方で分析すれば、それぞれの経済理論が示す内容も違ったものになりうる。

経済学とはそういうものだから、ノーベル経済学賞に何も罪がないかといえば、答えは否だ。問題なのは、経済学が強い普遍性を持つ物理学などの自然科学と同じ「科学」であるとの印象を世界に与えたことだ。

ノーベル経済学賞の創設は、物理学賞や化学賞など本家のノーベル賞(1901年開始)から68年後。正式名はノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞で、毎年の賞金はノーベル財団でなくスウェーデン国立銀行が拠出している。

出自の違いを補おうとしたのか、スウェーデン王立科学アカデミーは、自然科学と同等の地位に高めるべく、経済学でも理論を高度な数学モデルで表現することを重視した。現在の経済学は精緻な応用数学の世界であり、人々はノーベル経済学賞をほかのノーベル賞と同格の権威として受け入れるようになった。

経済学が自然科学と同等に扱われると何がよくないのか。

それは、“科学である”経済学が「この政策が社会に最も望ましい経済的な成果をもたらす」と説けば、それが正しい政策だと、多くの人に分別なく受け入れられるようになることだ。

先述したように、ある政策の根拠となっている経済理論も、前提の置き方が違えば、別のことがいえる。だが、世間の人々は難しい理論を深く理解するのでなく、経済学の名声などを当てにしている。その結果、経済理論が「つねに正しい」と、思い込む人たちが生まれてしまう。

表のように70年代以降、自由市場を信奉するシカゴ学派関連の経済理論がノーベル経済学賞を席巻した。こうした理論は、世界的な規制緩和や金融市場の自由化、公的部門の縮小の潮流を牽引する原動力となった。だが、リーマンショックを契機に「行き過ぎではなかったか」と見直しの機運も高まっている。

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