マダムが夢中!「介護福祉のアイドル」の素顔 役者の道を離れて介護予防の道へ

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久野さんは90分間のレッスンの間、何度もきわどい冗談を飛ばす。そのたびにマダムたちは、いかにも楽しそうに笑顔を見せる。それは、綾小路きみまろの公演でブラックジョークに笑い転げる、マダムの姿と重なった。

「左手を挙げて、右手で左の脇の下を揉んでください。ちょっと余計なお肉がじゃまになるかもしれませんが」

一転して休憩時間になると、久野さんはマダムたちの輪を巡り、腰を落として同じ目の高さでマダムたちの話に耳を傾けていた。「腰が痛い」というマダムがいれば、「どこらへん? 大丈夫?」と擦ってあげる。そのとき、マダムの頬は桜色に染まっていた。

介護予防トレーナーによる高齢者向けの体操教室と聞いて、穏やかに、黙々と体を動かすクラスを想像していたので、ここまでにぎやかで笑いがあふれ、密なコミュニケーションがあるのは意外だった。このクラスが人気になるのもうなずける。

35市町村で年間延べ6万人を指導する

久野さん率いるbe awakeは、神奈川県下の箱根町を除く、35市町村、静岡の熱海、東京の八王子と町田で、介護予防の体操クラスを受け持っていて、久野さんを含めて7人のメンバーが各地で1日2クラスを担当している。これからさらに、東京の昭島とあきる野市が加わる。年間に指導するのは、冒頭に記したように延べ6万人。パーソナルトレーナー時代からは考えられない数字だ。久野さんがジムを飛び出したのは、そこに理由がある。

be awake社は7人のメンバーが介護予防の体操クラスを担当。年間に指導するのは延べ6万人だ(撮影:今祥雄)

「東日本大震災のときに、計画停電などがあって、2週間ぐらいフィットネスクラブがお休みになったんです。僕らは曜日ごとにフィットネスクラブに入って仕事をしていたので、営業してないとお休みになります。そのときにフィットネスクラブに通っているのは、人口の3~4%だから、残りの96%の人たちのために、自分たちから地域に出たほうが面白いんじゃないか、という話になったんですよね」

このアイデアを知り合いの福祉用具店の経営者に相談したところ、「うちでバックアップするよ」とスポンサーに名乗り出てくれたうえに、各地域で介護予防を普及している地域包括支援センターに紹介してくれた。

フィットネスクラブを出て、自ら地域に足を運ぶプロのトレーナーは珍しい。しかも、高齢者との会話に慣れ、病気や障害の知識も豊富となれば、滅多にいない。久野さんとその仲間たちの評判は瞬く間に広がり、1年目にして依頼は100件を超えた。2年目には300件、3年目には700件と右肩上がりで増えていったが、順風満帆というわけではなかった。

「行政は介護保険、医療保険を使う人を減らしたいから、介護予防を進めようとしています。にもかかわらず、介護予防の講師に対する予算はほとんどないのが現状です。例えば行政から仕事を受けると1講座数千円程度で、家族も養えません。だから、この分野で仕事をするプロがほとんどいなかった。僕らはその状況でもスポンサー企業がいたので参入できましたが、最初は予算ゼロでボランティアの講座もありましたよ」

久野さんと仲間たちは、プロの技術で、「これでは食っていけない」という条件を覆していった。たとえば八幡町内会館のクラスは最初、久野さんが横須賀市からの仕事で訪れたことから始まった。そのクラスに参加した町内会長が久野さんの指導を高く評価し、「町内の高齢者のために開催してほしい」と町内会の予算で新たにオファーしたのだ。その謝礼はもちろん数千円ではないが、月に1度のクラスがもう4年続いていることを考えれば、参加者の満足度の高さがうかがえる。

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