統計に出ない40歳以上の「引きこもり」の現実 親の高齢化、8050問題、サポートの壁…
70代の父親と2人暮らしの女性(43)は、中学校の不登校がきっかけでひきこもり生活に入った。母親と兄は他界し、家事は父親の担当。食事は部屋の中でひとりで。父親とは会わない。
月に1万円の小遣いをもらい、インターネットショッピングで買い物をする。パソコンやスマホのゲームをして過ごし、コンビニなどに外出することはある。年に1度、美容室に行く。
父親からNPO団体に相談があり、支援がスタートした。病院の受診を相談所の支援員がすすめるが、本人は逡巡。1年間の説得の末に病院に行くと、検査結果はアスペルガー症候群。
それでも支援を受け続けた結果、就職できる道があることに魅力を感じるようになった。父親と会話を交わし、ときどき一緒に食事をするまでに回復したという。
母親(83)と2人暮らしの男性(50)は、大学卒業時の就職活動に失敗した25年前から、ひきこもりに。生活費は母親の年金と、病死した父親、事故死した兄の保険金の取り崩し。年金の半分を母親から渡され、外出も多く、携帯電話も2台所有していた。
40歳を過ぎたころ、「便利だから」と言って母親を説得し、クレジットカードのキャッシングで80万円ほど使い込んだが、結局、母親が返済した。
日常的に暴力をふるうようになったため、母親は介護付きの住宅に引っ越し。母親の仕送り12万円で生活していたため生活に困窮し、NPO団体に相談。
プライドもあり生活保護の受給を拒否していたが、暮らし向きはいよいよ困窮し、家賃も支払えず、スーパーで食品を万引きする始末。現在は生活保護の就労支援員と一緒に就職活動を行っている。
29歳のとき、仕事のトラブルが原因でひきこもりになった男性(54)は、1000万円ほどあった両親の遺産が生活の支えだ。46歳のときに父親、50歳のときに母親が亡くなり、葬儀では長男として喪主を務めた。
月に1度、弟が訪ねると玄関はゴミの山。将来のことを意見すると、
「親の遺産がなくなったら死ぬ」
と投げやりな態度をとったという。自殺をほのめかしたり、弟に金の無心を断られると落ち込んだりすることもあった。
「何か仕事がないか」
そう弟に連絡してきたことをきっかけに、弟がNPO団体へ行くことをすすめ、生活を立て直すことに着手した。現在、本人は、毎日家を出て就労準備に励んでいるという。遺産はまだ100万円ほど残っているため、なくなるまでに就職を目指している。
寛容さが足りない日本
「1回ドロップアウトしたら戻れない社会になっている」
と、寛容さの足りない日本を憂える前出・林さんは、
「今の社会は、ひきこもりの人が出ていきたい場所とは思えない。ちょっとでも失敗すると、ものすごく責められる。ひきこもりがいる場所は野戦病院で、傷ついた兵士を治療しているようなもの。治療して、社会という戦場に送り出したら今度は死んでしまうかもしれないという視点も大切だと思います」
就労を急かすことなく寄り添い、息の長い見守りを続ける支援がひきこもり解決の第一歩となるはずだ。
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