(第3回)何のために新規事業を起こすのか?
坂本桂一
第2回までで解説したように、新規事業はプランどおりにいくことはほとんどありません。成功させるためには、「どうやったら勝てるのか」を不断に考え、日々仮説を修正し、ビジネススキームを立ち上げプロセスの中でより精度の高いものへと向上させていくことが必要です。そうした、成功のために「変化すること」を大きな前提とする新規事業の具体的な立ち上げプロセスに対し、逆に「変えない」ことが成功のための大きな前提条件になってくるファクターがあります。それが、「新規事業の『目的』の規定」です。「目的」が固定され、不変であればこそ、具体的な立ち上げプロセスの時には、当初プランになかったような思い切った打ち手も可能になってくるのです。また、最終的にビジネスが立ち上がったときに「何をして成功/失敗と判断するか」ということの基準も当初の「目的」が基準となります。
このように書くと、多くの方は「そんなことは当たり前だ」と思われるかもしれません。しかし、私が企業に入ってコンサルティングを行うなかで、実際にこんなことがありました。ある一部上場企業の社長が、「今度新規事業を立ち上げる。すでに、社内から意欲のある人間を30人選んだ」というので、新規事業の目的は何か尋ねると、「さらなる成長のため」とか、「将来のための布石」、「社内の活性化」といった曖昧な答えしか返ってきませんでした。こういったケースはよくあります。
なかには時流に乗り遅れてはいけないからとか、他社もやっているからとか、ほとんど理由にもならないような理由で新規事業をはじめる会社もあるようです。また、「可能性のあるビジネスシーズがみつかったから」といった理由で、事業テーマ優先で新規事業を立ち上げ、目的規定というプロセス自体がそもそも抜け落ちている場合も、ままあります。
企業が、今やっていることとは違うビジネスに乗り出すのは、決して悪いことではないでしょう。しかし、新規事業を起こすなら、そのことに対する正しい認識を持っていないと、お金や人材という企業の貴重なリソースを消耗するだけで、何も得るものはなかったという結果になりかねないので、くれぐれも注意が必要です。
本連載では、繰り返し申し上げていますが「新規事業はほとんどの場合、失敗に終わる」のです。コンセプトを熟考し、あらゆる仮説のなかから最良と思われるひとつを選んではじめたとしても、成功率はせいぜい、50%がいいところでしょう。これに、新規事業の目的が曖昧という要素が加われば、成功確率はさらに下がります。というか、「目的」が曖昧なままでは、そもそも何をもって「成功」というのか、その判断すら社内で百家争鳴し、収集がつかないでしょう。
この例からわかりますように、何のための新規事業なのかということを、最初にはっきりさせておくことが大切なのです。それに、目的によってその新規事業の着地点や成功の意味合い、そこにいたるまでの戦略などは、当然違ってきます。目的を明確にして共有することに、それなりに時間をかけるべきでしょう。
また、企業の新規事業において多く見られるのは、「あれもこれも」という盛り込み型の目的規定です。「高い売上、収益率」「既存ビジネスへの貢献」「プロジェクト参加の中堅幹部候補社員の企画スキルの向上」「新業態へのトライアル」「対外的ブランド力の向上」「CSR」「企業内起業マインドの醸成」「競合先行」など、関係者の誰もが反対しづらい(または、関係者がそれぞれ関心のある領域を盛り込み)耳障りのよい言葉を羅列するばかりで、最終的に何が目的となるのかさっぱりわからないような文書もよく見受けられます。
最も大切なものは何かをきちんと議論し、優先順位をつけた上で、誰もがわかるシンプルな言葉で、文章として記載することです(チャートや模式図ではなく)。そうして作成された「目的」は出発点であり、プロジェクト進行中も常に参照すべき基準点となるのです。
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