道徳自警団は重箱の隅をつついて、微罪をあげつらうようなこともする。あるテレビ局がパラオのプールで、若い女性タレントがカクテルを飲みながら「恋バナ」をする、という番組を企画した。撮影まで終了したのだが、急遽放送しないことになった。なぜか? 出演者の中に20歳の女性がいたからだ。実はパラオの法律では、飲酒は21歳からとされている。厳密に言えば、この日本人タレントはパラオの法律に違反したことになる。
もしオンエアしてしまうと、道徳自警団が「パラオの法律に触れている」などとクレームをつけてくる可能性があったので、テレビ局はこの可能性を”忖度”して、放送を取りやめたのだ。昔ならばこんなことはありえなかったが、現在はささいなことでクレームを恐れる息苦しい時代だ。
政治家の舛添要一氏は、公費で私物を購入したことが批判されて、東京都知事を辞任した。公費で購入した「クレヨンしんちゃん」の漫画本など、全巻そろえても3万円程度のものだ。たしかに公私混同はよくないが、辞任する必要があったのだろうか。
舛添氏が無駄遣いをしたというのならば、日本政府が年間約7000億円も負担している、在日米軍の駐留経費はどうなるのか。米軍将兵は沖縄や横須賀で豪華な住宅を無料で使用し、高速道路代が免除され、自動車税が日本ユーザーよりも優遇されている。
道徳自警団は在日米軍の特権のような、巨大で複雑なものを対象にするのではなく、生活感覚で理解できるわかりやすい微罪を糾弾する。実は道徳自警団にとって、舛添氏がファーストクラスやスイートルームを頻繁に使用したり、公費で漫画本を買ったりすることなど、どうでもよかった。この時期、話題に飢えていた道徳自警団は、いろいろな理由をつけて舛添氏を叩くことに、カタルシス(浄化)を感じていただけだ。
教育を受け、そこそこカネもある人たち
1日は24時間であり、テレビ番組やラジオ番組の放送時間は限られている。新聞や雑誌の紙幅も限定されている。ウェブニュースの容量は無限に近いと言えなくもないが、社会問題を正確に指摘できる記事の本数には限界がある。
こうした限られたリソースの中で、私たちは深刻な社会問題に取り組んでいかなくてはならない。それなのに、道徳自警団がどうでもいい問題で横やりを入れ、そのたびにネット世論が沸騰する。
ネット世論の沸騰を見て、ウェブニュースが取り上げ、話題に飢えたテレビがそれを引用することで、この沸騰ネタはネット世界だけのものではなくなる。まるで解決すべき最優先事項であるかのように認識されるようになる。そして、国防や震災復興、貧困問題といった、重要なニュースを取りあげる時間がなくなってしまう。道徳自警団によって、国民は本当に見るべきものを見られなくなっている。これは大きな社会的損失だ。
道徳自警団になるのは、日々の生活に困るような人たちではない。テレビ局に電話して1時間以上もクレームに費やす余裕があるのだから、すごい金持ちではないが、そこそこおカネを持っているミドルクラスの人たちだ。また、どの会社がどの製品を作っているのか、誰が何を書いたかなどを知っているので、ある程度の教育は受けている。政治学者の丸山眞男氏が「日本型ファシズム」の担い手と指摘した、”亜インテリ”な人たちだ。具体的には零細自営業者、教員、工場監督者などで、ネット右翼と多少かぶっている。
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