ソフトパワーの認識が異なる中国とロシア−−ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授
ソフトパワーを五輪で高めた中国
ロシアはグルジア政府を弱体化させる機会を狙っていた。8月初旬、ロシアは南オセチアを使った罠(わな)をグルジア政府に仕掛け、グルジアは愚かにもその罠にはまった。もしロシアが南オセチアの“自決権”を守るためだけに“平和維持軍”を派遣したのなら、ソフトパワーにダメージを与えることはなく、失うものよりも得るものが多かっただろう。しかしロシアはグルジア領土を爆撃し、閉鎖し、占領し、撤退を遅らせたため、ロシアは軍事行動の正当性を失い、世界に恐怖と不信の種をまいてしまった。
その結果、ウクライナなどの隣国は以前に増して用心深くなっている。ロシアの最初の代償は、ポーランドが米国のミサイル防衛システムへの反対から一転して賛成に変わったことだ。ロシアが上海協力機構加盟国に対グルジア政策で支持を求めたとき、中国も拒否した。長期的な代償は、ロシアが新欧州安全保障システムを提唱できなくなったこと、ロシアを迂回するナブコやホワイト・ストリームのガスパイプライン建設に対する欧州諸国の関心が再び高まったこと、ロシアに対する外資の投資が減少することなどである。
これとは対照的に中国はオリンピックを成功させたことでソフトパワーを高めることができた。07年10月に胡錦濤国家主席はソフトパワーを強化する計画を発表、オリンピックはその重要な戦略の一つであった。中国文化を普及させる孔子学院の設立と国際放送の拡充、外国人留学生の受け入れ拡大、柔軟な東南アジア外交で中国はソフトパワーに巨額の投資を行っている。
しかし中国はオリンピックの目標をすべて達成したわけではない。デモや自由なインターネット利用を許さず、ソフトパワーを損なってしまった。
こうした限界を克服するにはオリンピックで成功を収めるだけでは不十分だ。たとえば、米国の民間調査会社が行った世論調査では、中国がソフトパワーを高める努力をしたにもかかわらず、依然として米国がすべてのソフトパワーの分野で圧倒的な力を持っていることが明らかになった。中国は最も多くの金メダルを獲得したが、スポーツの分野以外で米国を追い越すことはできなかった。中国の指導者はソフトパワーを確立するためには表現の自由が重要であることを学んだことだろう。
銃を使ったロシアと金メダルを獲得した中国が最終的に何を得るかは時間が経たないとわからないだろう。
ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。
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