エネルギー地産地消、ドイツは何が違うのか

3.11から7年、日本の地産地消は進まないが…

「われわれの発電所」という意識が鮮明に打ち出されたのが1990年代の終わりだ。当時、エネルギー市場の自由化に伴い、市はシュタットベルケを売却し完全に民営化しようと考えた。しかし、市場原理に自分たちの電力を委ねることに反対した市民によって、反対運動が起こされた。

結果的に1998年に市民投票が行われ、75%が売却反対に投票。反対を唱えていた市民運動の代表は、「これで発電所は市のものになった、つまりわれわれが所有している」という意味の言葉を残している。

都市のインフラをどのように整備し、運営していくかはさまざまな議論もあるし、電力に関しても経済や政治が複雑に絡む分野である。しかし、地方都市の市民が「われわれのもの」という感覚を大切にする背景は、ドイツの都市の歴史をたどると、ある程度理解ができる。

時代によってその質や構造に変化はあるが、地方都市は概して自治意識が強く、その上で経済活動や文化がそろった、ひとつのモジュールのようなかたちで発達してきた経緯がある。そのせいか日本から見ると小さな地方都市でも中心地はよく整備され、人でにぎわう。ドイツ語のシュタットベルケを無理やり英語に直訳すると「シティ・ワークス」となるが、この「シュタット=シティ」にはけっこう明確なイメージがあり、特別な感覚があるのだ。

地方都市にも根付く「自前主義」

やや乱暴な言い方をすると、ドイツの都市には何でも自分たちでそろえようという「自前主義」ともとれる考え方や意識を読み取ることができる。だから、発電所も自前で作った。19世紀の工業化が進んだ時代には都市人口が急増し、密集地帯が増加。だが、ただ人口が多いだけでは「都市」ではないという考え方があった。

人間集団としての社会秩序や文化を整えていく必要があり、都市のインフラの整備も必要だ。これには都市全体を見ながら、かつ長期的な視野を持ったプロの手によるパワーマネジメントとでもいうものが必要になるが、それを担ったのが当時の都市官僚だった。

彼らには完璧な社会システムを作ろうという使命感のようなものがあった。こうした理想に現実を合わせていこうとする傾向は良くも悪くも今日のドイツにもあり、諸政策にも見いだせる。脱原発と再生可能エネルギー拡大を重点にした政策も同様だ。実際、日本の「フクシマ」が契機になり、原発の割合は2011年以降、順次減少。再生可能エネルギーは増加している。だが、電気価格の高騰や供給の安定性についての課題は残るといった具合だ。

それでもこうした自前主義に支えられ20世紀初頭、人口10万人以上の町では水道、ガスなどが整えられ、市電も走っていた。電力も同様でさらに小規模な自治体でも半分程度は自前で電力供給を行っていた。エアランゲン市のシュタットベルケが今のかたちになるのは半世紀前だが、出発点は1858年から開始したガス供給にある。当時人口は1万人余りだった。

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