シャープ、「野球観戦」専用ウォッチの仕掛人 広島カープ愛で開発4年、経営危機も我関せず

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廣澤の原案にあった「気持ちを伝える」というコンセプトも活かすことができた。球場にいなくても誰かと応援している気持ちになりたい。そんなニーズを掬い取り、ファンバンドに試合中表示される「逆転のカープ信じてる!!」「打たせてとる流石」といった人間味あふれるメッセージを、ファンバンドのメンバーが試合を見ながら手入力で送信することになった。「(提携する)球団が増えたら大変ですが、今のところみな、仕事で野球が見られると、楽しんでやっています」。

こうして地道な努力を重ねた結果、上司からゴーサインが出た。開発開始から4年、廣澤が新規事業に手を挙げてからは7年に及ぶ成果がようやく実を結んだ形だ。「面白いね」と言われることが嬉しくて続けてきたことだが、「今は趣味が仕事になっているのでこの上なく幸せ」。

開発期間は経営危機の時期と被るが…

なお、廣澤がファンバンドの立ち上げに没頭していた2013〜2016年は、シャープにとって厳しい時期と重なる。経営危機を迎え、2016年には台湾の鴻海精密工業に買収、債務超過に陥り東証1部から2部に降格。社長は鴻海出身者に代わった。他の複数の社員のように、不安や転職が頭をよぎることはなかったのだろうか。

経営危機の時期も転職を考えることはなかったという(撮影:梅谷秀司)

廣澤は即答する。「ほぼないですね。ファンバンドを作っていたので、それどころじゃないというか……」。鴻海の傘下に入ってからも、特段の変化は感じないという。

思い返してみれば、確かにシャープは歴史的にユニークな商品を世に送り出してきた。「目の付けどころが、シャープでしょ。」というスローガンを掲げていた1993年には、電子手帳で一世を風靡した「ザウルス」を発売。2016年に発売されたモバイル型ロボット「ロボホン」もユニークさでは際立っている。そもそも、社名の由来となったシャープペンシルも、壊れやすかったセルロイド製の既存品を、創業者が金属製に改善したことで生まれた、既成概念を覆す製品だ。

現在シャープは、鴻海によるバックアップのもと、めざましい業績の回復を遂げているが、このまま成長を維持できるかはこれからが勝負だ。

その点、経営危機も意に介さず、開発に没頭できる廣澤のようなエンジニアの存在は、同社の再成長を担う、揺るぎない資産となるはずだ。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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