マップ、携帯、アプリ…変貌を続けるネットの”神”・グーグル
細い階段を上って、サボテンが並ぶ小道を過ぎると、急に眼前が開けた。次に目に飛び込んできたのは真っ青な芝生の上に尾っぽを広げる恐竜の模型。4色のパラソルの下では大きな犬を連れた男性がくつろぎ、バレーボールコートでは接戦が続く。菜園の横のベンチに座った男女はパソコンを見ながら何やら話し込んでいる。
米カリフォルニア州・マウンテンビューにある通称「グーグルプレックス」。世界に約1万9000人の従業員を抱えるグーグルの“総本山”だ。マウンテンビュー本社にはこのグーグルプレックス敷地内のビルを含めて、全部で30以上のビルがある。一つひとつが大きいうえ、ビル同士が離れているため「社内」には無料シャトルが運行。または、“グーグラー”は社員専用の水色の自転車を利用してオフィス間を移動する。
エンジニアの楽園--。スタンフォード大学でコンピュータ科学を学んでいたサーゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏が設立した同社の社員“孝行”はあまりにも有名だ。一流シェフが腕を振るう食堂はすべて無料、社内にはビリヤード台などを設置した遊戯スペースがいくつもあり、自由に使えるジムやランドリーも完備。会社には自動車のオイル交換や「移動美容室」まで訪れる。
もっとも「楽園」たる理由は待遇だけにとどまらない。自らもエンジニアの創業者が目指したのは、エンジニアが自由に、思う存分働ける環境だ。グーグルではそれぞれ、小さなプロジェクトに分かれて仕事をするため、「上司・部下」といった序列はほぼ皆無。また、エンジニアはそれぞれ、全勤務時間の20%を自分の好きな研究開発に充てられる。
企業であればプロジェクトには予算があるし、収益管理も厳しいのが通常。が、グーグルでは収益化をせかされることはない。「とにかく試して、それでダメだったら別の方法を探すか、直せばいい」。ダメでも販売から尻をたたかれることもない。ここでは主役はエンジニアだ。
2人の創業者がガレージにオフィスを開いてから10年経った今、時価総額1360億ドルとトヨタ自動車並みの世界有数の大企業に成長。すでに「シリコンバレーの典型的なサクセスストーリー」の域を超え、日々新たなストーリーを作り上げている。それでも、それを支えるエンジニアたちにまるで“気負い”がないのがこの会社らしさだ。
しかし、グーグルは今、猛烈な勢いで変貌を遂げている。検索から始まったサービスはメール、SNS、地図とどんどん横に広がり続ける。昨年には携帯電話向けのOS(基本ソフト)のイニシアティブを立ち上げたほか、今月初旬にはネット向けのブラウザ(閲覧ソフト)「クローム」を投入するなど、プラットフォームの領域にまで進出し始めた。一方で、2008年4~6月期では海外売上高比率が52%と海外の合計売上高が米国を超えている。現在、グーグルは世界約30カ国に進出、エンジニアも米国だけでなく、日本や中国、インドや欧州など世界中に散らばる。
なぜ、グーグルは事業の多角化・国際化を急ぐのか。答えはグーグルのビジネスモデルにある。現在、同社の売上高の97%(08年4~6月実績)を占めるのが広告収入。同社は検索ワードに関連した広告を検索結果の上部や横に分けて表示する「アドワーズ」と、メディアや一般企業、個人のブログでこのアドワーズを採用して広告を表示する「アドセンス」を展開。掲載された広告をユーザーがクリックすればグーグルの収入になる仕組みになっている(アドセンスの場合は掲載主と配分)。
この「検索連動広告」は従来のテレビや雑誌といったマス媒体に広告を掲載する資金力のない中小企業や個人事業主など、いわゆる「ロングテール」の需要を喚起して伸びてきた。ところが、08年4~6月期には米国での検索連動広告収入が、前年同期比で19%増と過去から伸び率が縮まったうえ、前四半期比では1%減少。「グーグルの成長鈍化か」とメディアが一斉に書き立てた。
もっとも、いまだに2ケタ成長を続ける広告収入の伸びを鈍化と呼ぶのは早すぎる。が、先進国ではネットも成熟期に突入し、ユーザー数や利用時間の伸びしろにも限界が見えてきた。さらには血眼になってグーグルを追うマイクロソフトのようなライバルの出現や景気低迷が襲う。米国を中心とした広告収入の一本では先行きに不安が漂うのも事実だ。だからこそ、本業で稼げる今のうちに種をまき、芽を育てようと躍起になっているのである。
何よりも優れた広告を 若きリーダーの挑戦
もちろん、稼ぎ頭の広告事業でも日々の改善に余念がない。その広告チームを率いる若きリーダーが、アドワーズのビジネス・プロダクト・マネジメント・ディレクターのニコラス・フォックス氏だ。
目下、アドワーズの中の「アドクオリティ」チームで取り組むのは掲載広告の改善だ。検索連動広告では、アルゴリズムが自動的に検索ワードと関連性の高い広告を、高い順に表示するのが基本。が、チームが目指すのはさらにその先。実際に拾ってきた広告主のサイトが検索ワードと関連性が高いかどうか、など、複数の条件を考慮してより“質の高い”広告を質の高い順に表示できるかどうか、核となるアルゴリズムの改善にも目を光らせる。
「たとえば、『新鮮な花』と検索したときに、『新鮮な花。無料配送』という広告が表示されたとする。だけど、実際は配送料が100ドルかかるかもしれない。こういうサイトをいかに避けて、本当にユーザーが探している情報に見合う広告をきちんと表示できるかどうかが広告の質を上げる」(フォックス氏)。
実はこのコンセプトは当初、「グーグルの意図で表示やランキングを決めるのはおかしい」と広告主から猛反対を受けた。が、「ユーザー側に立った広告を表示すれば、クリックからセールスへ導きやすいということがわかってもらえるようになってきた」(同)。